久しぶりに純粋にトリックを楽しめるミステリを読んだ。貴志祐介の『ミステリークロック』だ。

主人公は防犯コンサルトと名乗る榎本径。防犯カメラや鍵などあらゆる防犯関連機器に精通しているが裏の顔は泥棒らしい。とはいえ本書での役回りはあくまで探偵で、相棒の弁護士・青砥純子(彼女の推理はことごとくはずれる)と笑いを誘う掛け合いをしつつ、理詰めで密室殺人の謎を解いていく。

物理的な密室トリックのネタはほとんど出尽くしているとまで言われている。そのなかで、探偵が機械的に作られた密室の謎に真正面から挑み、謎解きをするという、古典的かつ正統的な作品の登場はそれだけでうれしい。榎本径が登場するこの防犯探偵シリーズは、すでに4作目。本作には1つの短編と3つの骨太な中編が収められている。

冒頭、暴力団員が舎弟を自殺に見せかけて密室で殺害する短編の解決は軽やかな小手調べといった感じ。続く「鏡の国の殺人」は、防犯カメラで監視された『鏡の国のアリス』をモチーフにした迷路の先に死体があるという、機械仕掛けに満ちた密室が登場する。迷路の図も用意されていて、探偵の榎本や、奇っ怪な萵苣根功氏(ちしゃね・こうと読む。もちろん、チシャ猫から来た名前である)が発するヒントを手がかりに、図を見ながらあれこれと考えるのが楽しい。

続く表題作「ミステリークロック」は、世間から隔絶された時計だらけの山荘に出版関係者が集められ、そこで密室殺人が起こる。まずこの古典的な設定自体が嬉しく、そこで展開される会話劇にも知的な楽しみがある。謎解きのヒントは、もちろん時間。著者は親切にも、謎解きのヒントになる時刻を太字のゴシック体で示してくるので、それを手がかりにあれこれ考える。本編も(そして「鏡の国の殺人」も)、かなりの力技という感じだが、紙とペンを取り出して、図を書いたり計算したりしながら読み進めるのは実に楽しかった。そんなふうにミステリーを読んだのは中学生の時以来かもしれない。

最後の作品「コロッサスの鉤爪」は海上のゴムボートで釣りをしている男が殺される。360度開かれた密室、とでも言おうか、船に近づく音はすべてソナーで把握され、容疑者になりうる人物は、ボートの真下の深海にいるものの、気圧の関係でそのまま浮上すれば確実に死んでしまうので近づけないはずなのだ。私は深海好きで、JAMSTEC(海洋研究開発機構)に見学に行ったことがあるほどなので、この深海+密室という組み合わせは最高だった(実際、作者はJAMSTECに取材したようで、巻末に謝辞が載っている)。

最近のミステリーは、ストーリーの面白さに快感を得たり、登場人物に感情移入して熱くなったり悲しんだり、とエモーショナルなものが多いが、本作はじっくり読みながらあれこれ思索する、純粋に知的な楽しみを味わえる点が何より素晴らしい。

そして最後に、あるミステリ評論家の方が本書について「年間ベスト級の面白さ!」とメールを送ってきたことも申し添えておきたい。

『ミステリークロック』貴志祐介著 角川書店/1700円