警察学校を舞台とした『教場』などで知られるミステリー作家の長岡弘樹の新作『道具箱はささやく』は、わずか15ページ弱の作品を18篇も集めた掌編集。いずれも切れ味鋭く、この作家の才気を存分に堪能できる。

全体を通したテーマはプロフェッショナルたちの「商売道具」。例えば冒頭の作品「声探偵」なら、声優ならではのよく通る声が犯人を浮き上がらせ、『苦い厨房』では、料理人の機転が事件を解決に導くという具合だ。
ネタバレになるので 内容について多くは書けないが、そのなかで特に気に入った作品をいくつか紹介しよう。

まずは「ヴィリプラカの微笑」。夫婦喧嘩が絶えない多恵が、靴店を経営する友人の和世から、夫婦喧嘩を調停するというヴィリプラカ女神像をもらう。その像の前で夫婦が互いに言いたいことを正直に言い合う。ただし相手が言い終わるまで口は挟まない。このルールで互いに文句を言う夫婦。果たして二人の関係はうまくいくのかどうか……。この話の結末を導くのは、和世のプロとしての気づき。ヴィリプラカ像のルールに反して言いたいことも言わずに部屋から去ろうとした夫が、実は静かに明確な主張をしていたことが、靴屋ならではの視点から明らかになるのだ。

『嫉妬のストラテジー』は、看護師をしている敦子と、学生時代からの友人の医師、三反園、そして敦子の恋人、征寿を描く。三反園とデートをするふりをして、あまりうまくいっていない征寿をこちらにふりむかせようという敦子の浅はかな「戦略」が悲劇を招く。そして、その悲劇を克服すべく、今度は三反園が、自らの過去さえもを巧みに利用し、敦子の戦略をバージョンアップした戦略を試みる話だ。

いずれも細やかな伏線があり、最後にすべてが一気に解決していく心地よさがある。一方「ある冬のジョーク」は、一つのネタで一点突破しつつ、ぐっと読ませる。

「あるとき、一人の少年が交番に駆け込んできた」
「『お巡りさん、早く来て。ぼくのお父さんが悪い人に殴られてるの!』」
「ーー交番にいた巡査は現場に行ってみた。すると少年の言うとおり、二人の男がつかみ合いの喧嘩をしているところだった。警官は少年の方を振り返って訊いた。『ところできみのお父さんはどっちなの?』」
「少年は答えた。『どっちと訊かれても、ぼくにも分からないんです。そのことであの人たちは、殴り合いを始めたんですから』」

こんなジョークを、警察官の南谷が、部下で笑い上戸の角垣に連発する場面を描きながら、いつの間にか犯人があぶり出されていくのである。「ジョークを言う」という同じような情景を描きながら、前半と後半とでまったく違うものを浮き上がらせるその技巧は見事だ。
こんなふうにそれぞれの作品には多種多様なアイデアと技巧がいっぱい詰まっている。これだけのネタを一冊に凝縮してしまうのはもったいないんじゃないか、などと思ってしまうほどだが、読み手としてはそれだけ充実した読書体験を得られるわけだ。その一方で、気軽に小気味よく読み進めるから、気分転換にもぴったり。「楽しめる本」を探しているならぴったりの一冊である。

『道具箱はささやく』長岡弘樹著 祥伝社/1500円