著者のアナット・バニエルは、脳の可塑性を活用し、脳性麻痺などの障害を持つ子どもたちの訓練などを行っている。『限界を超える子どもたち』はそのアプローチや考え方について書かれた本だ。

ハイハイができない赤ちゃんがいたとき、どうすれば、ハイハイさせることができるだろうか。四つん這いにして、手足を手で掴んで動かしてみせるのはどうだろう?

実は、このような、身体を無理やり動かすトレーニングは意味がないという。小脳の三分の一が欠け、1歳を過ぎてもほとんど動くこともできず、首も座っていないエリザベスという女の子に対して、著者は頭を持ち上げるのに合わせて、そっと、ほんのわずかだけ骨盤を押すレッスンをしている。そうすることで、脳が頭と腰の動きの関係を学べるようにするのだ(通常、頭を持ち上げると子どもの骨盤は前に動く。しかしエリザベスの場合、まったく反応はなかったため、脳が身体の関係性を把握できていないと、著者は考えたのだ)。しばらく続けるうちに、エリザベスの脳は頭と脊髄、骨盤の関係を理解し、自然に骨盤を動かすようになった。そして、そのレッスンが終わったときには、すっかり首がすわっていたという。

身体に問題があって何かができないように思える子どもでも、実は脳が身体の関係性をコントロールできないせい、ということも多い。身近な例では、五体満足なのに、雑巾を絞らせると、肩や腕にばかり力が入って、ぜんぜん雑巾が絞れない子どもがいるが、それも脳が、雑巾を絞る動きにおける筋肉や骨の関係を理解していないからだ。

逆に、たとえ脳に損傷があって身体が動かない場合も、脳が動きを学ぶことで、新たに神経回路が作られ、動くことができる場合がある。それが脳の可塑性と呼ばれるものなのである。

著者のレッスンのポイントは、「できないことをできるようにする」のではなく、「今できること」に注目し、僅かな力ですこしずつ、発展的な動きができるよう促すことだという。できないことを一気にやらせようとすると防御反応が起こり、むしろ身体は硬直する。座れない子を無理やり何度も座らせようとすることは、むしろ「座ることができない」ことを何度も脳に刷り込むことになる。脳は、失敗の仕方を何度も何度も学ぶだけなのだ。

さて、脳の三分の一がないエリザベスはレッスンを続けることで7歳のときに歩けるようになった。さらに読み書きを覚え、社交性を身につける。その後、2つの優れた大学で修士号を取得し、結婚し、今は事業を経営しているという。ある意味奇跡だが、人間の脳にはそれだけの力が秘められている。脳の可塑性により、損傷していない三分の二が、喪失した三分の一を補ったのだ。

このような、特別な助けを必要とする子どもたちに向けたレッスンを紹介したこの本を、なぜここで紹介するのか。

それはレッスンの原則が、すべての子ども達の教育や成長にとって大いに参考になるからだ。実際、著者は同じ手法で簡単な算数さえ理解できない子を、算数が大好きな子どもに変貌させたりもしている。

著者のレッスンの原則は九つある。第一は「動きに注意を向けること」、つまりその子をよく観察すること。第二は「ゆっくり」。第三は「バリエーション」。これは例えば、似ているがちょっとだけ違う動きをすること。手を叩くときに強弱をつけたり、テンポを変えたりすることで、脳が差異を学び、より新しい能力を体得しやすくなるという。第四は「微かな力」。強すぎる力は動きを強制し、むしろ身体を硬直化させる。そうではなく、ほんのわずかの力で動きを後押ししてあげることで、脳は身体の動きの関連性を理解し、コントロールできるようになるそうだ。さらに第五の「内なる熱狂」(うまくできたときに大げさに喜んだり褒めたりしないようにすること)、第六の「ゆるやかな目標設定」、第七の「学びのスイッチ」(子どもが完全に承認され、安心できる空間で、初めて学ぼうとするスイッチが入る)、第八の「想像すること、夢みること」、第九の「気づき」と続く。

実は私は最近教育関連の仕事に参加することが多いのだが、これらすべてが、普通の子どもたちの能力を伸ばす際の心構えとして、本当に秀逸なのである。

「よく観察する」「直さない」「いまある能力に注目する」「違いを認識する」「小さな変化を作り出す」「ゆっくりとしたペースで」「安心、受容、心地よさ、遊び心を与える」。本書は、教育における金言で満ちている。

どれもあたりまえのことのように聞こえるかもしれないが、そのあたりまえのことを徹底してやる著者のレッスンにより、幼稚園まで言葉は発しなかった子が話すようになり、字を一切書けなかった小学生が文章を綴るようになっている。教え、学ぶ人にとっては、何度でも読む価値のある本だろう。

 

アナット・バニエル著『限界を超える子どもたち 脳・身体・障害への新たなアプローチ』 太郎次郎社エディタス/2200円