『家族のためのユマニチュード』

今回ご紹介するのは、『家族のためのユマニチュード』という本。フランス生まれの介護の技法である「ユマニチュード」に基づいて、介護や認知症ケアを実践するための入門書である。

ユマニチュードは、「”その人らしさ”を取り戻す」ための認知症ケアと言われる。日本で広く紹介されたのは4年ほど前で、NHKのTV番組「クローズアップ現代」、「あさイチ」、「NHKスペシャル」などで取り上げられ、話題となった。そしてその後本やDVDも出版され、現在、日本の介護の現場に「ユマニチュード」という言葉は浸透しつつある。それはなにより、ユマニチュードが介護のテクニックとして、効果的であることを示しているだろう。

では、ユマニチュードとは何なのか。2014年に発売された『ユマニチュード入門』紹介文が実に的確なので、引用してみよう。

<魔法? 奇跡? いえ「技術」です。

「この本には常識しか書かれていません。

しかし、常識を徹底させると革命になります」

――認知症ケアの新しい技法として注目を集める「ユマニチュード」。

攻撃的になったり、徘徊するお年寄りを“こちらの世界”に戻す様子を指して「魔法のような」とも称されます。

しかし、これは伝達可能な《技術》です。

「見る」「話す」「触れる」「立つ」という看護の基本中の基本をただ徹底させるだけですが、そこには精神論でもマニュアルでもないコツがあるのです。>

この、《「『見る』『話す』『触れる』『立つ』という看護の基本中の基本を徹底させる》というのは具体的には以下のようなことだ。

・「見る」ときに、遠くから相手の視野に入ってゆっくり近づくようする(認知症の人は視野が狭く、近くからいきなり視界に入るとびっくりしてしまう)。

・「話す」ときに、低めの声で穏やかで優しく、前向きな言葉を使い、とぎれなく話す。例えば、「じっとしていてね」と言うのではなく、「協力してくれて、とてもうれしいです。どうもありがとう」と言う。

・「触れる」ときには相手を掴まず、下から広い面積で支えるようにする。相手をぐっと掴むと、拘束され強制されているように感じる。だからできるだけそっとやさしく触れ、掴まないようにする。

・「立つ」ことを促す。 一日に20分程度立つ時間があれば、寝たきりにならないので、歯磨きや着替えて、体を拭くなどをできるだけ「立つ時間」を確保する。

いずれも、なんだか当たり前のことのように思う。実際、介護職にある人のなかには、「こんなの当たり前のこと、何を今さら」と拒否反応を示す人もいるようだ。しかしこれを毎日毎日、徹底して行うことは実は難しい。介護する側が疲れて感情的になったり、急いでいてていねいに対応できないこともあるだろう。

しかし、攻撃的になったり、徘徊するお年寄りが、“こちらの世界”に戻ってくるような「奇跡」や「魔法」は、どんなとこでもその「当たり前のこと」を徹底してやることによって起こるのだ。

前回ご紹介した『限界を超える子どもたち」もそうだったが、実はこの本も、何か特別な支援が必要な人に向けて書かれているようで、当たり前の人と人と関係において、非常に示唆に富む内容だ。

ユマニチュードの基本は「あなたは大切な人間ですよ」というメッセージを常に相手に対して発していくこと。これはまさにわれわれ人間が家族とともに、そして身近なコミュニティのなかで生きる際の基本中の基本の姿勢であることに、改めて気づかされるのだ。

人間は人生のいっときでも《他者を頼る関係》なくして生きることはできない、と著者の一人、イヴ・ジネストは書いている。この《他者を頼る関係》は、例えば介護を受ける認知症患者が、介護する人に頼る関係、と思いがちだが、ジネストは「ケアを行う自分自身が、介助する相手を頼っている」とも言っている。この視点の転換こそが、幸福な人間関係を取り結ぶうえで非常に大切であるように感じた。

本書は、イラストなどもふんだんにあり、実際に介護を行っている家族が日々ユマニチュードを実践するのに最適な入門書でありつつも、そんなふうに人と人との深い関わりにも思い至ることのできる本でもあるのだ。

『家族のためのユマニチュード』イヴ・ジネスト/ロゼット・マレスコッティ著 本田美和子訳 誠文堂新社/1600円