2018年 時代小説3選 『星夜航行』『信長の原理』『童の神』

この時期、年末に発表される小説ベストテンなどのアンケートが、私のところにも回ってくる。だいたい10月いっぱいまでに出た小説を対象にアンケートを行い、集計して年末に発表するのだ。

私は特に時代小説のランキングに毎年関わらせてもらっているが、今年は時代小説の大豊作の年だったのではないだろうか。そのなかでランキングの上位に来そうな作品をいくつか紹介してみたい。

まずは出せば必ずハズレなし、と言われる飯嶋和一の3年ぶりの新作『星夜航行』(新潮社)。上下巻1000ページを超える超大作で、格調高い文体と端正な構成、圧倒的な物語。しかし、読み始めると止まらないほどの面白さ。大本命といえるかもしれない。

そして、もうひとつ、いわゆる時代小説の王道とは違った面白さに満ちていた作品として、垣根涼介の『信長の原理』も印象的だった。垣根さんは『光秀の定理』という小説も書いていて、そこでは確率論、モンテ・ホール問題を扱ったが、新作の『信長の原理』では「パレートの法則」を取り上げている。パレートの法則とは、80:20の法則などとも言われ、全体の利益を生み出しているのは全体の2割が大部分を占めるといった現象を表している。「働きアリの2割はサボっている」とする「働きアリの法則」も似たようなもので、小説では信長がアリを見てそれに気づくという設定だ。

小説であるにもかかわらず、信長と家臣団をめぐる組織論になっていて、知的好奇心を刺激する。さらにハードボイルドの名手でもある著者が、武将という「男たち」を見事に描き、これまた抜群におもしろいのだ。

そして10月に入り、まだ若い作家による、すごい作品が現れた。それが今村翔吾の『童の神』。著者はまだ30代で、ダンスインストラクター、作曲家、埋蔵文化財調査員を経て昨年作家デビューしたばかり。すでに『くらまし屋稼業』『羽洲ぼろ鳶組』という人気シリーズを生み出し、この『童の神』で角川春樹小説賞を受賞した。

京都の朝廷とそれに従わない日本各地の「まつろわぬ人々」との戦いを描いた歴史エンターテインメントで、まさに読んでいて血湧き肉躍る活劇が展開される。この新しい作家の誕生を、興奮して語る評論家も多い。
差別され虐げられた者たちとそれを制圧しようとする強者たる朝廷の描き方に宿る反骨精神に、北方謙三に影響を見る人がいると思えば、その奇想天外な戦いの描写から山田風太郎を想起する人もいる。それでいて、登場人物たちの言葉が、現代を生きる読者にぐっと響いてくる。戦いを描きながらも「生きること」への賛歌を歌い上げ、多様性を受け入れた世界を希求する登場人物たちの姿が非常に現代性を持っているからだ。

読みながら、日々にニュースで伝えられる、ストロングマンと呼ばれる強権的な為政者と、虐げられ、故郷を捨てざるを得ない持たざる人々の姿を思わず思い出すような作品なのだ。

いずれも、読む価値のある、素晴らしい小説である。果たしてどれがベストワンになるのか。年末が楽しみだ。

『星夜航行』<上・下> 新潮社/各2000円
『信長の原理』KADOKAWA/1800円
『童の神』角川春樹事務所/1600円