今、読んでいる『職人ことばの「技と粋」』という本が滅法面白い。著者の小関智弘さんは1933年生まれ。ネットで検索した限りでは、85歳にしてご健在の様子だ。

小関さんは高校を卒業してから50年間、旋盤工として働いてきた。その体験を糧にして、多方面にわたって活躍している「日本の名工」にインタビューし、いろいろと興味深い話を聞き書きされている。

名工といっても、芸術家ではありませんよ。「下町ロケット」のおっちゃんの世界で、だからこそ面白い。偏屈極まりないけれど、手仕事には誰よりもこだわりがあって、決して妥協しない。小関さんもそんな「職人」だったのだろう。取材対象である職人と心根が通じているから、そんじょそこらの記者には聞き出せないような逸話がわんさかある。

いきなり話は変わるけれど、週刊誌記者をやっていて、「もう何十年も文章なんて書いたことがないからなぁ。俺には記者なんて無理だ」と取材先によく言われた。

「記者」っていう言葉の響きには、どうやら「文章が上手い」という先入観があるらしい。

実は、そんなことはないのである。いや、上手い人もいるよ、もちろん。だが、文章の上手下手は、実はそれほど重要な要素ではない。

かてて加えて、文章の上手下手は、学歴とはほとんど関係ない。旋盤工の小関さんが何度も芥川賞・直木賞候補になっているのが、何よりの証左である。

そんなことをつらつら思い浮かべるうちに興が乗って、今回は「職人としての記者」というお題で書こうとしていたのだ。当初は、ね。

しかし、これは考えれば考えるほど、なかなか奥行きが深い話なのである。連載1回には収まりきらないかもしれないな。となった瞬間、面倒臭くなった。

そういうわけで、「職人論」は次回に持ち越すこととしたい。憶えていれば。

 

繰り返しになるけれど、『職人ことばの「技と粋」』。いい本である。「半竹」「捨石」「オシャカ」「目貫通り」「根まわし」なんて言葉は、もとが職人の符牒なんですな。

日本の職人のレベルの高さに改めて驚かされると同時に、日本語の豊かさも実感できて、まことに楽しい。

この本の第2章「修業」を読んでいて、新入社員時代の昔が懐かしく思い出された。

過日。その昔に勤めていた出版社の若いひとと話をする機会があったので、「今は新入社員研修って、どのくらいやるの?」と訊いてみた。

 

「3日くらいですかね」

 

というから驚いてしまった。ま、「三日坊主」なんて言うからね。「3日」というのは装飾的な表現で、実際にはもう少し長いのかもしれません。詳しいことは知らない。

1987年に入社した私の時代には、新入社員研修は2ヶ月半もあった。3日はいかにも短いが、2ヶ月半はいかにも長い。しょせんが全社員200人にも満たない小所帯である。全職場を回っても1週間もあれば十分のはずだ。

なんで2ヶ月半もかかったのか、今となってはまるで記憶にない。記憶にないくらいだから、役に立つ「研修」ではなかったことは容易に推察はつくのだが。

よく憶えていることがふたつだけある。ひとつは大阪支社研修、もうひとつは書店研修だ。

言い忘れていたが、1987年4月入社の新入社員は2人しかいなかった。私と、もうひとり。かわいい女の子だと素敵な思い出にもなろうけれど、不幸なことにむくつけき野郎であった。

この野郎(以下、「野郎」と呼ぶことにする)とふたりして、大阪まで出張に出かけた。昼は大阪支社の業務全般に関するオリエンテーションがあり、夜は「週刊誌」の取材相手である某社の接待を受けた。

まあ、昔の話だし、「パナソニック」でいいか(笑)。当時は松下電器産業ですね。天下の松下。

野郎は大酒飲みで、しかも虫歯が痛むと言って日本酒とバファリンを交互にやっていた。こんな飲み方をして無事で済むはずがない。

酒が進むにつれ、お座敷カラオケとなり、松下の広報部長がマイクを握った。ところが、酔っているせいか、畳が滑るせいか、歌ってる最中によくスッ転がって尻餅をつくのである。

そのたびに、酒とクスリで朦朧となっている野郎は大声で笑い、ヤジを飛ばす。広報部長の顔が酔っているせいか、怒っているせいか、そのどちらでもあるのか。見る見るうちにドス赤黒く染まっていく。

ヤジを飛ばすだけでは飽き足らなくなったのか、野郎は広報部長のマイクを奪い、デタラメを歌い始めた。

「光る〜光る松下!」

広報部員Aがクールに言い放った。

「それは別の会社(東芝)ですな。うちは、明るーいナショナール。です」

二軒目のバーで酔い潰れた野郎を見下ろしながら、この広報部員Aが一言。

「あ。ようやく潰れましたね。どこまで行くのかな〜。って楽しみにしてたんですけどね」

引率の先輩記者が注意してもきかない。私は止めるつもりなどハナっからない。で、天下の松下相手の大暴走であった。そりゃあね、酒とちゃんぽんでバファリン1箱も飲めばそうなるって。よく死ななかったものだ。

2ヶ月半に渡る研修のフィナーレが「書店研修」である。紀伊國屋書店新宿本店に2週間通い、書店員として働かされる。

初日は、総務部長が新入社員を引き連れ、新宿本店長に挨拶をするのがならわしだ。「紀伊國屋さんの社員だと思って、遠慮なくこき使ってください」

しかし、約束の待ち合わせ時間になっても野郎は来ない。新宿本店前でイライラしていた総務部長、やおら私に向かって「自宅に電話を入れてみてくれないか」(携帯電話なんてない時代ですから)。

まさか、出ないだろう。とは思った。私も。おそらく総務部長も。それが出たのである。二日酔いで寝ていたらしい。公衆電話の受話器を握る総務部長のコメカミと手元がプルプル震えていたのを、まざまざと思い出すことができる。

でも、書店研修は楽しかったな。何が楽しい。って、新入社員の同期は野郎ひとりだが、この職場は女だらけである。男女比率1:5くらいだ。ハーレムだ。

で、初日には野郎がミソをつけたが、書店研修期間中はもっぱら私が問題児となった。もちろん、誰かに気取られるようなヘマはしなかったけれど(しかし、私が誰と誰と誰と誰と、、、を誘っていたのか。は女の子の間ではバレバレだったらしい、どうやら)。

総じて、あんな新入社員研修ならやらないほうがマシだというくらいのものだったが、書店研修だけは良かった。

いや、女の子だけじゃなくてね。こちらがつくる製品が、現場でどのように手に取られていくのか。を目の当たりにすることは、実にいい学びにつながると思うのです。

新入社員じゃ雑誌づくりなんか全然わからないから、入社5年目くらいで書店の店頭に立たせてもらう感じかな。

新入社員時代の暴走記は、その気になればまだまだ書ける。当時は、野郎の暴走に引きずられ、会社全体で「今年の新入社員はとんでもない奴等らしい」と私までもが風評被害に遭うことを不本意に思ったものだ。

しかし、こうして振り返ってみると、まあ、、、しょうがないよね(苦笑)。太宰じゃないけれど、思えば恥の多い人生を送ってきたものである。

野郎はまだ会社を辞めてはいないはずだ。元気にやってるのかなぁ。相変わらず暴走していてくれればうれしいとも思う。