言葉について軽妙に、そしてとびきり楽しく語らせたら、黒田龍之助さんの右に出る人はいないだろう。ファンも多く、今年に3月には、代々木にあったミール・ロシア語研究所でロシア語にどっぷりと浸かった青春時代について綴った『ロシア語だけの青春』という超絶面白い本を出したが、続く4月に間髪を入れず、出版されたのが今回紹介する『物語を忘れた外国語』というエッセイだ。

この作品はこれまでの黒田さんのエッセイのように外国語そのものにフォーカスしたものというより、外国語を知って物語を堪能することについて語っている。

語学学習が実利的になり、多くのものはまず検定試験の問題集を学ぶという。
そんな、「語学を志す者が小説を読まない」最近の傾向への、著者なりの異議申し立てではあるのだが、ただ批判するのではなく、「いかに物語を読むことが素晴らしいか」ということを、実に楽しげに、どんどん書きまくるのである。

大学で英語を教えることになったとき、まず始めたのは、一八世紀英文学の『トム・ジョーンズ』を原書で読むこと。理由は「楽しいから」。「それ以外の理由が思いつかない」のだそうだ。

外国語学習は長編小説(を原文で読むこと)に限るーーそう著者は言うが、何もわからず五里霧中ではさすがに楽しくない。だからまず映像化されたものを見て概要を掴んでおく。そもそも著者が『トム・ジョーンズ』を読みたくなったのは、’97年からBBCが放送した同作のテレビドラマの影響だ。

これは外国の小説を読む場合だけではなく逆のやり方もできる。
市川崑の映画は見たが、原作は日本語でも読んでいなかった横溝正史の『犬神家の一族』の英語版を見つけて読んでみると、実に楽しかったそうだ。松本清張作品も同様で、映像→英訳という流れ。

続いて、著者のお気に入り、吉田修一や湊かなえの作品が取り上げられ、作中に登場する外国語の役割について語られる。ちなみに外国の日本語学習者に著者が推奨する日本の小説は、湊かなえの『告白』。「その日本語は非常に明快で、会話も外国人がそのまま覚えてもまったく問題のない会話表現ばかり」だそうだ。

その他、言語学者が登場する小説を次々と紹介したり(大抵は好意的には描かれていない)、SFについて語ったり、うさぎが登場する作品たちに言及したりと、言語学と物語の間を行ったり来たりしつつ、読者をまったく飽きさせない。

ビジネス語学が幅を利かせる現在、実用主義者たちに、物語は忌み嫌われている。しかし、言葉と「物語る」ことは切っても切れない関係だ。語学を物語とともに学ぶことがもたらす豊かさや深みを改めて教えてくる本だ。

実は今、黒田さんの著書の出版ラッシュ中である。1月には2011年に出た本の増補版の『ことばはフラフラ変わる』、3月に前出の『ロシア語だけの青春』、4月に『物語を忘れた外国語』と続き、5月にはちくま文庫から『世界のことば アイウエオ』(解説はノンフィクション作家の高野秀行氏)、そして6月にはロシア語の文字を楽しく解読できる(らしい)入門書『ロシア語のかたち』と、ほぼ「月刊・黒田龍之助」状態。ファンとしてはこんなにうれしいことはないが、読むのが追いつかなくなりそうで心配だ。

『物語を忘れた外国語』 新潮社/1600円