2026年5月8日 / 最終更新日時 : 2026年5月8日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第104回 ニュースステーション出演の小騒動、週刊新潮から贈られてくるウイスキーの思い出 「他人の貴重な時間を無料(タダ)で掠め取って、おまんまを食べているようなもんでしょ。記者なんて。それが当たり前だと思っちゃいけないよ。”ありがたい”という気持ちを忘れないようにしなきゃ」 そんな貴重な説教を垂れてくれたの […]
2026年4月7日 / 最終更新日時 : 2026年4月7日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第103回 週刊誌記者が明かす「記事を書くコツ」、「起承転結」という最強のテンプレート いかなるジャンルの雑誌(とりわけ、週刊誌)であっても、記事の真価は「書き出し」にこそある。書き出しひとつで、読まれるか読まれないかが決まってしまうことも少なくない。 ちょっと適当なたとえが見つからないのだが、たとえば「メ […]
2026年3月3日 / 最終更新日時 : 2026年3月3日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第102回 バブル危機を切り抜けインバウンド爆発を先取りした、元谷外志雄・アパグループ会長の今だから書ける爆笑話 親しくお付き合いさせていただいていた取材先の訃報に接すると、つい種々雑多な思い出が浮かんできて、何かを書きたくなってしまう。 さる2月11日に物故されたアパグループの創業者、元谷外志雄会長には、筆者と同じ石川県出身という […]
2026年2月3日 / 最終更新日時 : 2026年2月3日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第101回 映画『国宝』のロングランで思い出す、メガバンク頭取候補と歌舞伎の「接点」 映画『国宝』のロングランが、いまだに続いている。興行収入は約200億円に達し、日本アカデミー賞の受賞も確実だろう。 どうしてこんなに売れたのか、正直言ってよく分からないのだが、雑誌記者としては(もう雑誌記者じゃないけど) […]
2026年1月7日 / 最終更新日時 : 2026年1月7日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第100回 ホテルグランドパレスで見かけた谷村新司、幻に終わった三井不動産「丸ビル構想」 あけましておめでとうございます。 という書き出しで始まる長文の手紙をしたためながら、YouTubeを流しっぱなしにしていたら、いつの間にやら谷村新司が「群青」を歌っていた。 書くことに集中しているうちに、BGMが耳に入ら […]
2025年12月2日 / 最終更新日時 : 2025年12月2日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第99回 「くじ引き市長」と「じゃんけん総長」、某名誉教授から聞いた「東大あるある」の抱腹絶倒 神栖市(茨城県)の市長選挙で、立候補した2人の得票がきっかり同数となり、「くじ引き」で現職が敗れるという椿事があった。くじ引きで決めるというのは、公職選挙法に基づくのだそうだ。法律の条文なんて無味乾燥で面白くも何ともない […]
2025年11月6日 / 最終更新日時 : 2025年11月6日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第98回 「売れる」「売れない」「面白い」「面白くない」、ビジネス週刊誌「4象限マトリクス」の迷宮 どんな雑誌でも、看板になるのは「特集記事」である。そして、どんな特集記事も「4象限のマトリクス」に分類できる。 「売れる」「売れない」「面白い」「面白くない」という要素を組み合わせると、「売れる&面白い」「売れる […]
2025年10月7日 / 最終更新日時 : 2025年10月7日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第97回 ヒラの記者が副編集長の2倍も稼ぐ、知られちゃいけない出版社の「給料事情」 今回は、読者の皆さまお待ちかね、出版社の「給料事情」を暴露しようと思う。「お待ちかね」じゃないって?(笑)。でも、新入社員の時分には、大学の同級生によく「初任給」のことを聞かれたことを思い出す。 同級生は都市銀行、メーカ […]
2025年9月2日 / 最終更新日時 : 2025年9月2日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第96回 あってはならない「原稿を落とす」、知られざる週刊誌の緊迫締切事情 先月は、いろいろ理由(ワケ)があって、原稿を締切に間に合わせることができなかった。マスコミ業界では、これを「原稿を落とす」とか「原稿が落ちる」とか呼んでいる。 Googleで「原稿を落とす」を検索すると、AIによる概要に […]
2025年7月2日 / 最終更新日時 : 2025年7月2日 編集長 経済誌記者のここだけ話 第95回 常識が非常識、非常識が常識にすり替わる、日本経済・日本企業の「パラダイム・シフト」 週刊誌の記者生活も長くなると、いわゆる「パラダイム・シフト」に出くわすことも珍しくはなくなってくる。今、パッと思い浮かぶのは「リストラ」と「大手銀行の赤字決算」だ。 1999年に日産自動車がリバイバルプランを打ち出すまで […]