第17回 住めば都

25年前、日本にやって来て最初に暮らしたのは滋賀県近江八幡の古民家でした。

フランスからパン職人として来日して、そのパン屋の社長が大きな家を借りていてスタッフ皆で住んでお店に通っていました。

なぜそんな田舎にフランス人が働くようなパン屋があったのかというと、郊外型のショッピングセンターが作られ始めた頃で、人寄せになるような珍しいテナントが求められていたようです。

実際に作業場がガラス張りになっていて、こども達が沢山私を見に来ました!

蛙の泣き声がものすごく、レンタルCDくらいしか娯楽がない田舎でしたが、古い街並みや運河は美しく、人びとは素朴で優しい。今でも田んぼの中を自転車で疾走した時の解放感や草の匂いを覚えています。

私はこの田舎暮しを大いに気に入っていましたが、横浜店に人が足りないということになり、横浜の本牧に引っ越します。

転居を伴う転勤はフランスにはまずないので、転勤というシステムにびっくりしました。でもこの頃はまだ旅行者気分だったので、横浜はもっと楽しいところかも知れないと快諾。

近江八幡とはうって変わって、本牧は近代的でアメリカナイズされた町です。
同じ日本とは思えないギャップに戸惑いましたが、飲みに行く場所は沢山あるし、住んでいる人も外国人に馴れているので自由に暮らせる気楽さがあります。

今思うと、ちょうどバブル時代が終わりかけていた時期で、外国人がレストランやベーカリーに高給で雇われていたり、日本で一旗上げようと自らお店を出すものもいました。

外国人がお店を持つ大変さを後で身をもって知ることとなりますが、この時代は外国人でも何者でも、面白くて売れればOKというハチャメチャな空気だったのです。

バブルがなければ、私も日本に来るチャンスはなかったかも知れませんね。

やがてバブル時代も終わりを迎えて、私が働いていたパン屋も無理をして規模を広げてきたツケを払うことになり、結局は閉店。ほろ苦い思い出と共に近江八幡は私にとって日本の原風景、本牧はお祭り騒ぎのバブルの象徴となりました。

今は神奈川の三浦市に住んでいます。
横浜に住んでいた頃、ドライブで何度か来たことがあり、のどかな雰囲気に一目惚れ。
家を買うなら絶対に三浦にと決めていました。

今まで住んだ場所を振り返ってみると、京都より近江八幡、六本木より本牧、鎌倉より三浦と超有名とかメジャーな場所より、ちょっとマイナーな土地に何故か引き寄せられてしまうようです(笑)

油壺湾の夕日 富士山がきれいです。

三浦の良いところは沢山あります。土地が安く、広々とした家に住めることや、ダントツは野菜の美味しさ。大根やキャベツが有名ですが、今はかぼちゃの収穫がピークを迎えています。スイカの植え付けも始まっています。

バスは夜9時までしかないし、マグロばかりで普通のレストランが少ないとか、不便なこともあるけど、まさに住めば都。
早朝に畑のあぜ道を犬と歩きながら、幸せを感じています。

湘南に比べたらずっとマイナーな三浦市ですが、私達が引っ越してきた8年前より観光客は増えているように思えます。

今年のGWは、三浦の玄関口、京浜急行線の終点である三崎口駅のバスターミナルはバスを待つ人で溢れていました。
かつて、バブルの時代に乱立されたリゾートマンションは時代と共に古くなり影をひそめていたのに、最近ではまた豪華な別荘の建築ラッシュです。

メジャーになりすぎて、人が押し寄せてほしくないというちょっと複雑な気持ちもありますが、マグロだけじゃない三浦の良さを沢山の人に知ってもらいたいです。

梅雨が明けたら、三浦も海開きです。
夏は渋滞で移動に時間がかかるので、三崎口駅で電気アシスト付き自転車のレンタルをするのがおすすめ! 直売所で旬の枝豆を買って帰るのをお忘れなく。

 

三崎港近くの海南神社 七夕の飾り付け中。