第104回 ニュースステーション出演の小騒動、週刊新潮から贈られてくるウイスキーの思い出
「他人の貴重な時間を無料(タダ)で掠め取って、おまんまを食べているようなもんでしょ。記者なんて。それが当たり前だと思っちゃいけないよ。”ありがたい”という気持ちを忘れないようにしなきゃ」
そんな貴重な説教を垂れてくれたのは、どこのどなただったか。マッキンゼー東京支社長の大前研一さんだったような気もするが、今となっては定かではない。
大事な、大事な「教え」なのにね。それでも、この言葉は今に至るまで「記者」としての自分自身の原点となっている。
記者というのは「取材する」のが仕事なのであるが、逆に「取材される」こともある。そんな時、「他人の貴重な時間」に対していかに無自覚な記者が多いかということについても痛感させられたものだ。
「取材される」ことで、すぐに思い浮かぶのは、久米宏の「ニュースステーション」と「週刊新潮」である。
ニュースステーションは、撮影クルーが編集部までやってきて、1時間くらいカメラを回していった。
その夜のことだ。2~3人の知り合いから相次いで携帯電話に連絡が入ってきたのは。「今、テレビに出てるよ!」。
こっちは、取材先と気持ちよく呑んでいて、「テレビ?。出てないよ。今、銀座にいるもん」と話が噛み合わない。よくよく聞けば、番組冒頭でインタビュー映像が流れたらしい。
テレビに「出演」したのは1分くらいのものだったらしいが(筆者自身は、結局録画も見ていない)、その影響力たるや凄かった。
後日、ちょっとしたいざこざで警察に厄介になったときに、「あなた、こないだテレビに出ていたよね?」と取調官に尋ねられた時は驚いたものだ(おかげで、助かった笑)。
そんなことがあって、その後はテレビの取材は丁重にお断わりすることにした。こんなことで顔が売れては、悪いこともできない。
かたや週刊新潮は、知り合いの金融ジャーナリストの伝手でやってきた。当時、2ページのコラムがあって、そのネタを拾いに来るのである。
発売が毎週木曜日なので、土日に集中して取材しなければ間に合わない。最初は編集部を訪ねてきたが、その後は土日の夜に電話がかかってくるようになった。
土日の夜に2~3時間も取材されるのである。する方も大変だとは思うが、される方もカミさんがいい顔をしない。
いくらか忘れたけれど、そのたびに謝礼は振り込まれてきた。不思議なことには、謝礼とは別に「ウイスキー」も都度送られてくるのである。
普段、自宅で呑むことはないので、一時は同じウイスキーの瓶が林立していたものだ。ウイスキー分を謝礼に乗せてくれればいいのにね。それでも「2~3時間」の対価としては見合わなかったけれど。
今ふっと思ったのだが、こちらが「酒好き」だと見込んで、わざわざウイスキーを送ってきたのかもしれないな。しかし、自宅でウイスキーを呑む時間に電話がかかってくるのだから、そんな配慮は土台無用というものだ。
筆者自身は、メディアの記者に対して取材したという記憶がない。話を聞いても、肝心要のところは教えてくれるはずがないので、取材するだけ無駄なのである。
さすがにライバル週刊誌から取材依頼を受けたことはないけれど、大手新聞記者からはたまに声がかかった。
こっちのメシの種をわざわざ教えるお人好しもいないやねえ、と内心では思いながら質問をはぐらかしていたものである。おたがいにとって、こんなに不毛な時間もない。
「取材」とは違うが、「講演」の依頼もある。
講演に関しても原則として「お断わり」してきたのだが、なかにはこちらからお願いしたいような案件もある。
たとえば、自民党の政調(政務調査会)から「労働組合の現状について、いろいろ話をお伺いしたい」という打診があった時は、二つ返事で承知した。
国会議員が10人もいただろうか。ほぼ全員が、顔と名前は知っていてもお付き合いはなかった重鎮である。人脈開拓には、うってつけの機会だ。謝礼も提示されたが、「要りません」と辞退した。謝礼より、人脈のほうがデカい。
それにしても、冒頭の説教を垂れてくれたのは、どこのどなただったのだろう。ということが、今こうして書いていて改めて気にかかる。
筆者にとっては「恩人」なので、その恩人を思い出せないとあっては、とんだ「恩知らず」ということにもなりかねない。

