『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』 大西康之著 新潮社

発売と同時に非常によく売れているが、それも納得。
近年の話題のビジネス・ノンフィクションでは抜群の面白さだ。著者の書き方も平易で、まるでエンタテインメント小説を読むようにするすると読めてしまう。

「ロケット・ササキ」とは、シャープの副社長を務めた伝説のエンジニア・佐々木正のこと。
1960年代、米企業ノースアメリカン・ロックウェルと早川電機(現シャープ)が共同でLSIを開発している際に、アメリカのエンジニアたちがつけたあだ名だ。議論の際、佐々木の思考のスピードについていくには戦闘機の速さでは無理、ロケット並みのスピードが必要だ、というのである。ちなみにこのとき共同開発したMOS-LSIはアポロ12号に搭載され、月面のカラー中継を実現した。

佐々木はこのLSIを計算機に導入し、ポータブル電卓を開発していく。1960年代後半~80年代に至るまで、シャープとカシオは電卓の小型化をめぐって熾烈な戦いを繰り広げるが、その過程においてトランジスタ、集積回路の技術は飛躍的に伸び、日本の電子産業を世界最高のレベルまで引き上げていったのだ。

佐々木の強みは、技術者としての才能だけでなく、何より「人と交わる力」にあった。
戦後すぐ、トランジスタの発明者でノーベル賞受賞者のJ.バーディ-ンの教えを受け、電子のものづくりに関わるようになると、江崎玲於奈をはじめとして様々な若い技術者を育てた。

1970年前後には、のちにマスター・オブ・シリコンバレーと呼ばれたインテル創業者のロバート・ノイスの危機を救い、半導体開発に行き詰っていたサムスン電子の李健煕を助けた。そして、まだ若き日の孫正義の恩人であり、スティーブ・ジョブスの師でもあったのだ。

現在の最先端のコンピュータテクノロジー、インターネット産業を源流をたどると、そこには佐々木の姿が現れる。半導体と集積回路の歴史、電子立国・日本の興隆と衰退とが、まさに彼の人生とともにあるのである。

佐々木のポリシーは「共創」。相手に惜しむことなく教え、ともに新たなイノベーションを生み出すことだ。その思想のもとにシャープは大躍進した。しかし佐々木が引退すると、シャープは液晶技術を独占しようとし、工場の壁を高くしてその秘密を守ろうとした。それがシャープの衰退の始まりだったことは、実に示唆に富んでいるに思う。