『午前三時のサヨナラゲーム』深水黎一郎著

今回はちょっと毛色の変わった短編集をご紹介したい。『午前三時のサヨナラゲーム』(ポプラ社)は、その名の通り、野球をテーマにした小説。著者は本格ミステリの書き手として知られる深水黎一郎だ。

では、野球をモチーフにしたミステリかと言うと、まったく違う。表題作は、千葉ロッテマリーンズの熱狂的なファンである元恋人の女性と再会する話。

彼女は、マリーンズが勝つと、抑えのウォーレンが不正投球の疑いをかけられながら最後のバッターを打ち取って中指を立てたときのポーズを真似て、ファックユーと叫び、スワローズからファイターズを経てマリーンズに移籍したが、まったく活躍できなかった秦真司の引退試合について熱く語る。

そして彼女との切ない別れの後、一人になった男は、いつの間にか自らがマリーンズファンとなり、もう傍らにはいない彼女に「石川歩の制球力はひょっとすると小宮山より上じゃないかな」なんて語りかけたくてたまらなくなってしまうのである。

その他、6台のモニターで試合中継を同時に観戦し、生活のすべてを野球用語で過ごす青年の悲惨な末路を描くブラックな作品や、野球ファンなら誰もが知っていると言っていい、1994年10月8日、ジャイアンツとドラゴンズの同勝率対決を今も蒸し返し、その負けを受け入れられないドラゴンズファンの男の物語など、いずれもとにかくマニアックで、野球ファンにはたまらないものとなっている。

さらに、なぜ野球ファンは終わった試合のことを、延々、何度でも何十年にもわたって語れるのかついての考察もなかなか鋭く(MKRなどという、セイバーメトリクス風の略語も登場する。単に「蒸し返し率」の略で、「野球ファンはMKRが他のスポーツファンより高い」なんて使用されるのだ)、思わず膝を打つ。

最後は、未来人による野球に関する考察の体裁をとった論考が付く。これで、すべてがまとまり、見事なオチがつくのである。このあたりはさすが本格ミステリの名手である。

さて、こういった小説を書評した際の常套句は、「野球ファンはもちろん、野球をよく知らない人にも十分に楽しめる小説だ」というヤツだ。しかし本作は違う。野球に興味がない人は、きっとぜんぜん楽しめない。しかしながら、野球マニアにとっては、最高に面白い作品なのである。

『午前三時のサヨナラゲーム』深水黎一郎著 ポプラ社 1500円