『ヒストリア』

いよいよ読書の秋到来。そこで今回は「読む楽しみ」を堪能できる小説をご紹介したい。タイトルは『ヒストリア』。ベストセラーになり、仲間由紀恵主演で舞台化、テレビドラマ化、そして映画化もされた『テンペスト』など、沖縄の文化や霊性を背景とした小説の書き手として知られる池上永一の新作である。

600ページ超の分厚さ。だが怯むことはない。ページを繰る手がとまらなくなる、一気読み必至の大活劇だ。

冒頭は、太平洋戦争末期、米軍の猛攻撃のシーン。美しい少女である知花煉は親を失い村を焼かれるがなんとか生き延びる。しかし爆撃でマブイ(魂)を落としてしまう。戦後の闇市を逞しく生き延び、成功するも、男に騙され、米軍から追われる身となり、移民としてボリビアに向かう。

殺戮のシーンという重いスタートから、徐々に話はエンタメ性を高めていく。ボリビアで煉はナチの残党と戦い、チェ・ゲバラと恋に落ち、果ては核弾頭を操ってキューバ危機を回避させたりもする。日系人のイノウエ兄弟(兄は必要なものをスクラップの中から何でも手に入れてしまい、弟はどんな機械でも直してしまう)や圧倒的な強さを誇るプロレスの女王カルメンと熱い友情で結ばれ、ともに数々の危機を乗り越え、物語は疾走していく。さらに、肉体から落ちてしまったマブイの煉(いわば幽霊のような存在だ)と肉体を持つ煉とが争うという仕掛けが、物語を複雑に、より面白くしていくのだ。

実に痛快なエンターテイメント。しかしがっつりとした重さがある。重戦車で熱帯雨林を突っ走っていくようなド迫力である。加えて、煉の口を借りて「革命」への批判的再検証と分析の言葉がきっちりと語られ、物語の背後に著者の深遠な思索があることも伺わせる。

そしてラストシーンはずっしりと重い。読者はそこで、この小説が単なるスペクタクル活劇ではないことを思い知らされるのである。

『ヒストリア』(角川書店/1900円)