『白村江』

今回は新刊ではない本を紹介する。しかも皆さんがあまり興味を持っていないかもしれない歴史・時代小説だ。

タイトルは『白村江』で発売は2016年の12月、つまり1年以上前。テーマはもちろん「白村江の戦い」。新羅と唐に攻め滅ぼされた百済再興のため、日本に亡命していた百済王子・豊璋を擁した日本軍が、朝鮮半島の白村江で新羅・唐連合軍に挑んだ戦いを描いた小説だ。

この小説、発売時はさほど話題にはならなかったが、約半年後の2017年5月末に発表された第6回歴史時代作家クラブ賞作品賞を、門井慶喜、木下昌輝といった直木賞候補にもあがる実力派を抑えて受賞。さらに発売から1年が過ぎた2017年末には、「本読みのプロ」たちが選ぶ週刊朝日歴史時代小説ベスト10の第一位に輝いたのだ。前年の作品が年間ベスト1になるという例はなかなかないだろう。むしろ、こういったベスト10では、読後の印象が強く残っているその年後半の作品が選ばれがちだ。しかし、『白村江』は1年以上かけてじわじわと面白さが認知されていった珍しい作品なのだ。

作者の荒山徹は、日朝関係史を織り込んだ伝奇的な小説を得意としている「奇才」と呼ばれる作家である。伝奇的な小説というと、例えばメジャーな作品だと、山田風太郎の『魔界転生』をイメージするとわかりやすい。歴史的事実とさまざまな奇想を混ぜ合わせ、妖術使い、忍者、陰陽師などが蠢き、秘密結社、呪いや超能力などが登場するような作品群だが、荒山作品はさらにいい意味で「やりすぎ感」があり、ファンにはたまらないのだ。

しかし『白村江』は基本的には史料に基づいている。曰く、古代史は学術研究自体に妄想が入っていて『伝奇的』なので、今回は逆に史料に基かないことは書かないようにしたのだそうだ。

だから誰もが満足するような、がっちりと骨太な作品となっている。その上で、「白村江の戦い」における謎、例えば、なぜ参戦したのか、なぜわずか2日で戦いを諦めて帰ってきたのか、などについて、著者なり新解釈もきっちり記してもいる。

特筆すべきは、日本の歴史を、高句麗、新羅、百済、唐という極東地域の国際的な駆け引きのなかで描いていることだろう。つまり国際諜報小説や地政学的小説といった読み方で楽しむこともできるのだ。

実は今年は年明け早々、面白いノンフィクションやエッセイにもあったのだが、それらはまた次回。

本年もよろしくお願いいたします。

 

『白村江』(PHP研究所/1900円)