『成長を支援するということ』

「私はこうなりたい!」と思うことは誰にでもあるだろう。目標に向かって自分自身を変化させ、成長させていくことは、もちろん悪いことではない。しかし本書『成長を支援すること』を読むと、「私はこうなりたい!」より「私はこうありたい!」という「成長」の大切さに気が付く。

「スポーツができるようになりたい」とか「英語ができるようになりたい」と思うとき、できないことにコンプレックスがある場合が多い。英語が堪能であることは、社会的に評価されること、「こうなりたい!」の根っこにはコンプレックスがあり、社会的に評価されたい、という欲望が見えるわけだ。言い換えれば、つまり「今の自分は評価されず、評価されない自分を受け入れ難い」と思うから、「こうなりたい!」と思うわけだ。

一方、本書では「なりたい」ではなく、意図的に「ありたい」という用語が使われる。外的、社会的な目標のため、今のダメな自分を変えていくのが「こうなりたい」であるのに対し、「こうありたい」は、(外的な要因や社会的な制約によって今はそうなることができていないが)「本当の自分のまま」でいたいという渇望である。

本書はダニエル・ゴールドマンらとEQの研究に携わってきたリチャードボヤツィスらが50年にわたる研究によって生み出したICTコーチングに関する本。外から設定された目標を達成するための誘導型コーチングではなく、本当にありたい姿を寄り添うように一緒に探していく「思いやりのコーチング」の哲学や実践について書かれている。

私自身、組織を運営・経営する立場にある。それこそ誘導型コーチング的に社員のモチベーションを上げ、社員がアドレナリンを出しながらどんどん数値目標を達成していく、という方法もあるのかもしれない。しかし、結局日々痛感しているのは、(言葉だけ並べるときれいごとのようだが)ポジティブさ、助け合い、希望、思いやり、といったものが組織にとっていかに大事か、ということだ。

本書は、それらがもっとも自然に発揮されるのは、何よりそれぞれが「他者が規定した自分」と「ほんとうの自分」の区別をつけられるようになり、「なりたい自分」ではなく「ありたい自分」でいられるようになること、だという。

原題は『Helping People Change」だが、「Change=変える」のではなく、むしろ「だれもが本来の自分のままでいられるようにする」ための本であるように思う。従来のいわゆるコーチングに疑念も持っていた人も(私もそうだ)手に取って見てはどうだろう。人の成長について、より深く本質的に考えることができるようになるはずだ。

『成長を支援するということ』リチャード・ボヤツィス他著 高山真由美訳 和田圭介・内山 遼子監訳