第9回 新聞記者は”猟師”、雑誌記者は”漁師”

「新聞記者と雑誌記者(とりわけ週刊誌)の仕事って、どう違うの?」などと聞かれることがあるので、そんなときにはこんなふうに答えるようにしている。

「さしづめ新聞記者は”猟師”、雑誌記者は”漁師”ですかね」

新聞記者はニュースハンターである。自らが狙いをつけた獲物(ニュース)を追いかけ回し、棍棒の一撃で仕留めるイメージだ。素材が勝負である。イノシシでもクマでも、生肉は新鮮であるほど美味い。

かたや、雑誌記者は大海に向かって投網を投げる。なにが獲れるのかは、網を引き上げてみるまでわからない。アジやイワシやイカやタコ、貝やらエビやら、いろんなものが網には入っている。ごく稀にではあるが、クジラがひっかかっていたりもする。それらを仕分けし、上手く料理して読者に喰わせる。こちらは素材よりも加工の腕が問われる仕事である。

記者である以上、新聞でも雑誌でも必ず「取材」が必要となる。しかし、仕事の質が異なるからして、自ずと取材のやり方も違ってくるのが当然なのだ。

そういうわけで、今回は「雑誌記者の取材」について記してみたいと思う。

新聞記者はニュースの鮮度が勝負。したがって、「特ダネ」を追いかける。
ひたすら追いかける。取材先に対する夜討ち朝駆けなどは毎日のことだ。他紙に先駆けてスクープ記事を飛ばすことを業界用語で「抜いた」と言う。「抜いた」「抜かれた」のせめぎ合いなのですね。

雑誌記者の場合も、ニュースを追いかけないわけじゃないけれど、できるだけ投網を広く広~くかけるような仕事をします。猟師と違って、”撒き餌”もやらなきゃならない。

”撒き餌”は夜に撒く。言い換えれば、取材先と酒を呑む。日によってはダブルヘッダーも辞さず、担当業界以外の関係者とも広く呑む。政治家とも呑む。官僚とも呑む。弁護士とも呑む。警察とも呑む。公認会計士とも呑む。誰とでも呑む。

酒を呑むときは、仕事の話はほとんどしないのです。じゃ、どんな話をするんですか? とは記者時代に後輩からもよく訊かれたなァ。

ひとことで言うと、呑んだ相手の個人情報を聞く。出身地を聞く。出身校を聞く。大学だけでなく高校、場合によっては小学校・中学校まで聞く。家族構成を聞く。出身校の同級生について聞く。会社の内にあって引き立ててもらっている上司を聞く。親しくしている同僚を聞く。かわいがっている部下を聞く。会社の外にあって付き合いのある人々について聞く。趣味を聞く。好きな小説家、ミュージシャンを聞く。悩みも聞く。なんでもかんでも聞く。

後輩が驚いて、「えーっ、それ嫌がられませんか?」。アホか(笑)。質問一辺倒なら、そりゃ嫌われるだろう。世間話をはさみつつ、ときに共通の話題で盛り上がったりして、細切れに聞いていくのだよ。

取材先に関する情報ファイリングは、雑誌記者にとっては正しく「投網」である。これが、時間を経るにつれて、どうつながっていくのか。実名は書けないが、いくつか実例を挙げてみることにしよう。

その1
某社のキーパーソンであるAさんにどうしても話を聴きたい。しかし、某社は経営危機に陥っていて、Aさんは取材に応じない。

→Aさんの実兄、Bさんが国会議員であることを、同じ国会議員のCさんから聞き知っていた。Cさんを通じてBさんに接触し、Aさんを紹介してもらうことに成功した。

その2
某社のキーパーソンであるDさんが、ふとしたはずみに酒席で「高校時代の初恋の女性が同じ電車に乗っているんだよなぁ」とこぼした。Dさんは仕事のネタはなかなか打ち明けてくれず、ちょっと手こずっていた。

→Dさんの住所(通勤路線)、出身高校から推察して、もしかすると初恋の女性とはEさんではないか。とDさんに尋ねた。「えっ! なんで名前知ってるの?!」。ふたりとも同年代だし、Eさんからも住所、出身高校を聞いていたので、なんとなく頭の中でつながったわけだ。さっそく、2人の会食を取り持って差し上げたことで、Dさんとの距離はグッと縮まった。

書けばいくらでも出てくるが、こういうちょっとありそうもないことがファイリングによって実際に起こってくる。

日常の取材に関しては、おおよそ午前10時から1件、お昼を一緒にしながら1件、午後に2~3件あって、夜は酒を呑む。というのが標準的なスケジュールである。

日常の取材といっても、これまた特定のネタについて丁々発止。なんてことは1日に5件の取材があるとすれば、まず1件あるかないかだろう。ほとんどの場合は「酒屋の御用聞き」(今はないか、そんなの)をやっている。

「なんか面白い話、ないですかね?」って感じだ。御用聞きだけじゃ飽きられる、呆れられる。会ってもらえなくなる。よって、相手が食いつきそうなネタを他所で仕入れ、それを小出しにしながら面白い話を引き出す。情報の「交易」を繰り返していくわけだ。

昼夜を問わず、取材のキモとなるのは「人物紹介」である。これまで会ったことのない人物を教えてもらい、どんどん紹介してもらう。こちらもどんどん紹介する。人脈の「交易」も繰り返していくわけだ。

新聞記者は、どちらかといえば人脈の深さを大事にしているように思う。付き合いの浅い知り合いが100人いるより、深い知り合いが10人いるほうが、特ダネをつかむうえでは有利に働くからね。「ディープ・スロート」なんて言葉もあるくらいで。

雑誌記者は正反対である。くどくなって恐縮だが、投網は広ければ広いほどいい。だから、日々の取材活動は「新規開拓」が基本となる。1日に5件の取材があるとすれば、1~2件は新規開拓が含まれている。

こうして書いていくと、一般的に「取材」という言葉から受ける印象とは、かなり違ったものになりますね。

後輩からは「僕にはとても真似できない」とよく言われたが、そんなの入社1~2年で出来るかよって。10年、20年やり続けなければ結果は出ないし、そのことが理解されていれば誰にでも出来るメソッドだ。

獲物は追っかけるものではない。投網を投げて、なにがひっかかかるのかを待つものである。投げる場所を間違っても、広い範囲に網がかかっていれば、必ず収獲はあるものだ。

取材は楽しい。とても楽しい。今でも取材だけやって原稿書かなくていいなら、こんないい仕事はないのになァ。と半ば本気で思うことがある(笑)。

(了)