第81回 「個品割賦」と「コーヒーカップ」の勘違い、銀行に牛耳られる「ノンバンク」の歴史に思うこと
ビジネス週刊誌の記者になって初めてひとりで担当したのは、証券会社・損害保険・ノンバンクだった。
「ノンバンク」というのは、当時(1990年代初頭)で言えば信販会社、リース会社、クレジットカード会社、消費者金融、それに不良債権問題で世間を震撼させた住宅金融専門会社(住専)である。
大島健伸氏が率いる商工ファンドによって、零細・中小企業に貸し付ける「商工ローン」というカテゴリーも、その頃に急成長した。大島さんには株式上場前にインタビューして紹介記事も書いたことがある。
「腎臓売れ、目ん玉1個売れ」の債権回収で商工ローンが話題になったときには、「あれは日栄(商工ローン大手。大島さんはここで修行を積み、独立した)の話で、うちはそんなこと言ってないんだけどな」とぼやいていたが、まァ似たような内情ではあったのだろう。
と、いきなり脱線してしまった。ノンバンクの話である。90年代には、まだ市場調達が一般的ではなかったので、銀行からおかねを借りて、個人や会社に貸し付けるのがノンバンクのビジネスモデルだった。
戦後から高度経済成長期までは、大手銀行はこぞって「傾斜生産方式」のもとで、預金者からかき集めたおかねを鉄鋼・石炭、繊維、化学、自動車、電機といった基幹産業に集中的に融資してきた経緯がある。
したがって、個人におかねを貸す余裕などはない。オイルショック後、ようやく基幹産業の資金需要が一巡した頃から、ノンバンクにもおかねを回すようになり、個人もおかねを借りやすくなってきた。
その恩恵に最も与ったのは、信販会社と住専だったろう。
いわゆる三種の神器(テレビ、冷蔵庫、洗濯機)、ピアノ、ミシンといった必需品は高価であるからして、なかなか現金では買えない。
そこで、信販会社から「月賦」(毎月返済)でおかねを借りる。物品ごとにローンを組むので、これを「個品割賦」という。
信販最大手だった日本信販に挨拶に行った時のこと、この「個品割賦」なる言葉が出てきて、なぜここで「コーヒーカップ」なんだろう? と不思議に思った。冗談ではなく、新入社員に産毛が生えたくらいの時分だから、その程度の知識すらなかった。
後で調べてみて、「個品割賦」ということが分かり、その場で聞かなくてよかったと胸を撫で下ろしたものだ。「コーヒーカップって何ですか?」と質問したら、お相手の役員氏は文字通りコーヒーを噴いただろう。
その昔の銀行が個人に対して住宅ローンを組むなどはありえないことだったから、「持ち家普及」に寄与した住専の役割も大きい。
その住専が不良債権問題に巻き込まれたのは、住専の設立母体でもある大手銀行が住宅ローンに力を入れるようになり、貸出先を失なって巨額の不動産融資に突っ込んだためである。
「銀行には手が回らないから、われわれに頼むと言ってきた。その銀行が自ら住宅ローンに乗り出してくるのは、約束違反も甚だしい」
住専最大手の日本住宅金融・庭山慶一郎社長が怒り心頭に発したひと言を今でもよく憶えている。銀行が住宅ローンに本腰を入れたせいで、住専は軒並みつぶれる結果となった。
信販会社はといえば、最大手の日本信販は三菱UFJグループの傘下に入り、「三菱UFJニコス」に社名変更している。対抗馬のオリエント・コーポレーション(1974年までは「広島信販」という社名だった)も、みずほ銀行の実質子会社となった。
クレジットカードや銀行の個人ローン普及によって、「信販業界」という業態そのものが消滅してしまったのだ。
消費者金融も同様である。昭和の昔には「サラ金(サラリーマン金融)」と呼ばれ、厳しい取り立て等によって社会問題となり、「サラ金地獄」なる新語まで生まれた。
大手消費者金融5社(プロミス、アコム、アイフル、レイク、武富士)は、いずれもサラ金批判にさらされてきた「黒歴史」を有しているが、現在ではどうなっているのか。
武富士はつぶれ、プロミス・アコム・レイクは銀行傘下に降った(プロミスから順番に、SMBC=三井住友銀行、三菱UFJ、SBI新生銀行)。現在も独立独歩を保っているのは、アイフル1社しかない。
名だたる大銀行が、あの「サラ金」を経営する時代なのである。「サラ金」そのものが死語と化したことと併せて、どうにも隔世の感を禁じ得ない。
こうして振り返ってみると、信販業界どころか「ノンバンク」そのものが、もはや銀行と一体化している印象すらある。
今や大企業向け融資では儲からないから、個人取引をがんがん強化し、銀行本体では貸せない案件をノンバンクに流している格好だ。
つい最近、金融庁は、三菱UFJフィナンシャル・グループ傘下の銀行(三菱UFJ銀行)と証券会社(三菱UFJモルガン・スタンレー証券、モルガン・スタンレーMUFG証券)に対して、行政処分(業務改善命令)を下した。
銀行が入手した非公開情報を証券2社に対して伝えていたことが問題視され、銀行と証券の情報共有を制限する「ファイアウォール規制」に違反したのである。
もっとも、今やメガバンクの持株会社役員が傘下の証券会社役員を兼任することもあり、「ファイアウォール規制」そのものが有名無実化されつつある。
私見だが、メガバンク優位の規制改革を進めてきて、なおファイアウォール規制違反を問うのは、アクセルとブレーキをいっしょに踏むようなものだとも思う。
かつて担当してきた証券・ノンバンクで、「独立系」のメインプレーヤーは、今となっては野村証券、大和証券、オリックス、JCBくらいしか見当たらない。
気がつけば個人金融取引はすっかりメガバンクに牛耳られてしまっているのが、この四半世紀余りで起こった変化なのである。
銀行による個人金融取引の独占は、必ずその弊害を生じる。そこが先に問題になるのか、あるいは独占を打破する新勢力が台頭してくるのか。個人的な興味は尽きない。
蛇足を連ねれば、独立系として生き残っているオリックス、JCBの設立母体は、いずれも三和銀行(現・三菱UFJ銀行)である。
なぜ、オリックスとJCBだけが成長し、ひとり立ちを果たすことができたのか。そこには、「三和銀行の遺伝子」という面白いアナザーストーリーもあるのだが、もはや紙数も尽きたので稿を改めることにしよう。