第92回 KDDIの新社長人事に思う、企業再編「仁義なき戦い」の是非

4月1日付けで、KDDIの松田浩路常務が新社長に昇格した。1990年代に通信業界を担当していた筆者からすれば、ちょっとしたサプライズ人事である。というのも、松田氏が「KDD出身」だからだ。

ややこしい話なので、いささか長くなるが、通信業界の変遷とKDDIの沿革について、簡単におさらいしておこう(おさらいだけで、ちょっとした豆知識にもなるはずだ)。

そも、わが国における通信自由化は1985年に始まる。この年、電電公社が民営化され、NTTが誕生し、電電公社、KDD(国際電信電話)がそれぞれ独占してきた国内電話、国際電話市場に自由競争が導入されることになった。

国内電話は、地域(市内)電話・長距離(市外)電話に二分される。天文学的な設備投資と時間を要する地域電話への新規参入は事実上不可能なので、長距離電話に3社が新規参入を果たした。

(厳密に言えば、地域電話にも電力会社系の通信会社が市場参入したのだが、NTTとはまるで競争にならず独占状態が続いた)

長距離電話参入の先陣を切ったのは、京セラ系の第二電電(DDI)。現在のKDDIの母体である。そして、JR系の日本テレコム、トヨタ系の日本高速通信だ。

国際電話には、日本国際通信(ITJ)、国際デジタル通信(IDC)が参入し、これら5社を総称して「新電電」と呼ばれた。

続いて、1987年にはNTTが独占してきた「移動体通信」(って呼ばれてたんですよ、当時は。今のケータイですね)にも、トヨタ系の日本移動通信(IDO)が参入し、少し遅れてDDIセルラーグループも後を追う。

IDOとDDIセルラーグループは、現在の「au」であり、KDDやDDIと同じくKDDIの母体となった。

通信自由化は、1997年に新段階に突入する。国内・国際通信の垣根が撤廃され、これによって通信業界の再編が急加速した。

まず、98年にKDDと日本高速通信が合併する。長距離系新電電の中で苦戦を強いられていた日本高速通信が、KDDに呑み込まれたかたちだ。

次いで、2000年にはKDD、DDI、IDOの3社が合併して、現在のKDDIが発足する。

と、ここまでが前置きである。

2000年当時の「社格」から言えば、KDDのブランド力が他2社を圧倒していた。長らく続いた国際通信独占による「人材」の厚みもあった。

さらに言えば、IDO(及びDDIセルラー)は、3社の中ではまったく取るに足りない存在で、KDD、DDIのいわば「付録」みたいなものだった。

それが今では、auがKDDIの屋台骨となり、インターネットの普及によって「国際電話」とか「長距離電話」なんてものは言葉さえなくなってしまったのだから、時の流れは凄まじい。

IDOの社長だった塚田健雄さんには、赤坂の芸者遊びを教えてもらったりしてお世話になったが、通信業界の傍流中の傍流だった携帯電話が真ん中のど真ん中にのし上がった現状について、どう思っているのか正直なところを聞いてみたい気もする。

話がそれたが、したがってKDDIにおける主導権争いは、KDDとDDIの一騎打ちとなる。
繰り返しになるが、社格ではKDDが勝っていた。しかし、市場独占にあぐらをかいた「殿様」気質の弱さが出たんでしょうね。

ふたを開けてみると、「野武士」集団であるDDIに圧倒されてしまう。初代から4代目(先代)の高橋誠社長まで、4人のうち3人がDDI出身者である。

映画『仁義なき戦い』には、「一度、後手喰うたら、死ぬまで先手は取れんのじゃけん!」という菅原文太の名セリフがあるが、大企業同士の合併も似たようなところがあるのですね。

主導権争いで風下に立たされると、いくら人材比較で優っていてもトップにはなれない。

典型的なのが、メガバンクである。旧三和銀行出身者が三菱UFJグループのトップになったり、旧さくら銀行出身者が三井住友銀行グループのトップになることは、まずあり得ない。

では、三和やさくら(旧三井銀行と旧太陽神戸銀行)にトップ候補の人材がいないかと言えば、そういうわけでは決してない。出世レースから巧妙に外されていくだけなのである。

話がここまで長くなるとは思わなかったが、「KDD出身者」がKDDIの新社長に昇格するというのは、つまりこういうわけで驚きなんですね。

しかしながら、時々の企業トップというものは、人物本位で選ばれるのが当然であり、合併の主導権争いで決まる方が間違っている。とどのつまり、当の企業ひいては株主にとって不幸、不利益ともなりかねない。

先ほど、高知銀行頭取に就任が決まった河合祐子氏は、「女性が頭取に就任すること」について聞かれると、「そうした質問が早くなくなるといいな、というのが正直な感想」と即答した。

まったくもって、その通り。

過去の慣例、しがらみ、通念に、いまだ日本企業は囚われ続けている。そんなつまらんことを打破していかないと、もはや世界では戦えない。

と改めて思ったところの、KDDI新社長人事なのでした。

今月の一冊

前の記事

『有と無』