佐野元春 「Tonight」 (佐野元春) 84EPIC

最近アルバム『Visitors』(以下『V』)と次の『Cafe Bohemia』(以下『C』)をよく聴いています。

この2枚、対称的な内容ですが、いずれもかなりの水準で洗練されています。
NY録音の『V』とイギリスっぽいサウンドの『C』。クールで硬質な『V』と比較的穏やかで柔らかい『C』。表面上は対称的でありながら、一本太い線の通った洗練具合は共通しています。

メロディーやヴォーカルやサウンドにオンリーな個性が露出せず、能力も一級ではない。音楽そのものを盲目的に愛している純粋なミュージシャンではない。上質な音楽者やシーンのトレンドへの憧憬、それへの確信犯的な模倣、自らの資質の限界に対する諦念、を相対的に批評した上でクールに熱狂する。「2次的」な独特。きわめて日本的で高度な洗練です。

「Tonight」は84年の『V』2曲目。「走りすぎていくタクシー」「西行きのバスのクラクション」「地下鉄の中のレインボー」といった歌詞。NYの街を一人で彷徨する元春氏の心象風景がサラッと描かれています。
歌詞もそうだけど、サウンドも軽め。当時の黎明期ヒップホップを意識した前後の曲に比べポップにまとまった感じです。ドライでクール。体温や生活感や感情を露出せず、あくまで乾いた機械的サウンド。乾いていて、ほどほどに明るく楽しげ。

でも苦悩しているんです。「君の身がわりにその深い悲しみを背負うことはできないけれど」頭を抱えて暗く悩んだり、泣いたりするのではなく、カッコよく悩む。「ポップな苦悩」。これが日本的な高度な洗練の肝でしょう。