第70回 中年探偵の回想

梅雨も明けて、いよいよ夏本番ですね。

ときに不安定な天気の日もありますが、おおむね暑い、いや、むしろ猛暑の夏が今年もやってきました。

札幌でも大通公園を初めとして、いたるところでビアガーデンが始まっています。個人的にお勧めは創成川公園の小樽ビールのビアガーデンです。
(ビール醸造コンテストで優勝したからといって、媚をうってるわけじゃないですよ。ビアガーデンなのに先着50名まで飲み放題で飲めたりするのです)

ビールといえば、サンディエゴのミッドウェイ博物館の中で迷路をさまよっていた私は、エージェントMとWの助けを借りて、無事ミッドウェイの船底密室から抜け出して、コロナビールで一息ついたのだった。

「まぐろの肝(きも)」の謎は解けていないが、「海軍条約文書附則」に関係があることは確かだ。おっと、これ以上の詳細は事情により割愛させていただく。

コロナビールを飲んだのは、サンディエゴの地政学的位置とは無縁ではない。
サンディエゴはメキシコの国境に接しているので、メキシコ料理もメキシコのビールも普通に流通しているのだ(※後に知ったことだが、アメリカ中にメキシコ料理もメキシコビールもあるのだった・・・)。
というわけで、われわれ三人の次の目的地はメキシコだった。

メキシコ国境近くまで車を走らせると、そこからは徒歩で国境を越えることになる。

越えると言っても、国境沿いの壁に開いた短いトンネルをくぐり、鉄の回転式扉を抜けると、もうメキシコなのだ。
パスポートのチェックも何もない。

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出口の左右にはメキシコの入管職員(?)がボンヤリ佇んでいて、一瞬、のどかに見えるが、彼らは銃身の長い銃を肩からぶら下げている。私の職業がばれると拘束されるかもしれない。ちょっと緊張が走る。

でも、何事もなく、そこを通り抜け、階段を下って、メキシコはティファナの地に足を踏み入れる。

ちょっと短いトンネルを通り抜けただけなのに、アメリカとはまったく雰囲気が違う。景色も空気も匂いも違う。

何の脈絡もなく「千と千尋の神隠し」を思い出した。

中心部へ続く歩道橋を進むと、左右に物乞いの人たちが座り込み、アメリカから来た人たちにおねだりをしている。

物売りと思しき老若男女も声を限りに叫んでいる。たぶんスペイン語なので、なにを売っているのかまったくわからない。

アメリカから来た人たちは、そんな彼らに見向きもせずに、繁華街への一本道を進んでいく。

道の両側には、建物は建っているが、半分以上は空き家のようで寂しい。
ただ、歯医者が異様に多い。気づけば、薬局も多い。
アメリカから歯の治療に来るという話を聞いたことがあるが、本当なのかもしれない。
そんな道をぞろぞろと進んで行くと、15分ほどでティファナの繁華街に着いた。

そこは交通量の多い道路が真ん中に走っていて、道路を挟んだ両側に観光客目当てのお土産もの店が軒を並べている。インカ風の織物やソンブレロ、ミル・マスカラス風のマスクなど、アメリカや日本で見たこともない色々な土産ものを売っている。

ソンブレロを買って、「ドンタコス」のCMをやってみたい衝動に駆られるが、今日の目的とは違うので諦める。
でも、プロレスラーのマスクは欲しいかも。。。(なぜか、マスクは後日、ドン・キホーテで買うことになる)

繁華街に来ても、薬局と歯医者が多い。あとは観光客目当ての縞ロバの写真屋さんだ。

縞ロバの写真屋さんとは、シマウマのようにペンキで縞に塗られたロバと撮影用の小道具としてソンブレロを備えた街頭の記念撮影所で、ソンブレロをかぶって縞ロバと並んで写真を撮って、いくらという商売だ。

シマシマに塗られたロバが物悲し気だ。首から「Silver Blaze」という札を下げている。なぜか英語だ。「白銀号」という意味かもしれない。たしかに白銀の縞だ。

たぶん、最初に縞ロバにデコレーションした写真屋さんは儲けたのだろう。そして、すぐに真似をする人たちが出てきたに違いない。その証拠に交差点ごとに縞ロバが悲しそうに佇んでいる。

それはさておき、ティファナの繁華街はお昼前だというのに大盛況だ。国境付近の寂れた感とは別世界だ。

ずっと暑い中を歩きっぱなしで、ノドも乾いて、お腹も空いてきたので、休憩することにする。

実は、寄るお店は決めてある。大通りに面して2階に広々としたバルコニーがあって、そこを色とりどりのゴム風船で飾っているお店だ。名前はわからないが、通りを歩いていくと必ず見つけられると聞いている。

・・・あった!

すでに2階のバルコニーで呑んでる人がいる。
そこに入ろうとすると、そのお店の店員(客引き?)だろうか、にこやかに笑いながら、何か喋っている。
たぶんスペイン語だ。「スペイン語通訳」を連れてこなかったことを少しだけ後悔する。

しかし、そんなこちらの気持ちと関係なく店員は陽気だ。
いきなり首からぶらさげていたホイッスルを口にすると、「ぴぃーーっぴぃーーっ」と吹きながら、交通整理のお巡りさんのように両手を大きく振って、我々を誘導しだした。2階のバルコニーへと続く階段は暗く、何度も足を踏み外しそうになったが、ホイッスルの音をたよりに2階にたどりついた。

夜はダンスホールかナイトクラブ(?)なのだろう、店内は派手な装飾がされているが、さすがに昼間に見ると薄汚れている。
通りに面したバルコニーの席に着くと、テーブルに置いてあったメニューから、まずはコロナビールを選んだ。

コロナは「当店のおすすめ」と書いてあった(ような気がした。スペイン語で)。
しかし、店員は「ない」と言っている(ような気がした。スペイン語で)。
「でも、メニューに写真入りで大きく書いているじゃん。どうしてないの?」
と言ったつもりで、店員を見たが、通じるはずもない(日本語で思っただけだし)。

しょうがないので、「テカテ」を頼むことにする。
「テカテ!」と言うと、店員はニッコリ笑った。通じたようだ。
私のスペイン語もまんざらでもない。調子にのって「ナチョス!」と言うと、またニッコリ。
勢いにのって「ドンタコス!」というと、店員は何も聞かなかったかのように、去って行った。

しばらくすると、店員は人数分の瓶入りテカテと塩とカットしたライムが入った小さなボールを持ってきた。
瓶の口に無理やりライムを押し込んで、塩をつまんでちょっと舐めて、そのまま乾杯をする。
う~ん、美味い。やっぱりビールはテカテじゃなきゃ。(あれ?コロナは?)

一気に半分ほど飲み干すと、ナチョスが大きな皿に山盛り出てきた。
大量のトルティーヤの上にチーズとサイコロ状に細かく切った牛肉?と豆と漬けたピーマンのような野菜をスライスしたものが載っている。
そのトルティーヤを適当につまんで、チーズや肉、豆、ピーマンぽいものなどと一緒に口にする。ザックリとした味だけど、なんだか妙に旨い、と思ったのも束の間、ドスンという感じで辛さが襲ってきた。一瞬で顔に汗が噴き出る。

このピーマンのような野菜は青唐辛子なのか?
その辛さを野球に例えて言うなら、ジャイアンツの原監督のグータッチのような強引さとオリックスのペーニャ選手のホームランのような豪快さだ。この辛い野菜を「原ペーニャ」と命名したいくらいだ。

汗をかきながらナチョスを食べていると、ソンブレロにギターの三人組が現れた。
これがマリアッチなのか。たぶん歌を唄って、チップを貰うという、日本の流しのような職業なのだろう。
聞くとお金が掛かるから、無関心を装ってバルコニー越しに通りの向こうを見る。

道路の向こうの薬局の前では、白衣を着たおじさん(薬剤師なのかもしれないし、違うかもしれない)が踊っている。
え、踊って、薬局の客引き?と、驚いていると、なんだか聞き覚えのある曲が耳に入る。
油断して、マリアッチの方を見ると「・・・・シレナイ♪ミ・アミーゴ♪」と歌ってる。

え?
「SIオレタチハ・・・♪・・・ヂモトジャ、マケシラズ♪ソーダロー♪」

ええ?これは・・・。日本人客が多いんだな。。。

確かにティファナのお土産もの店の前では、「コンニチハ」「オハヨウゴザイマス」「チョットミテクダサイ」などと日本語で話しかけられた。知らん顔していると、その言葉は中国語にかわり、韓国語にかわっていった(たぶん)。

時には、「ナカソネサン」とか「アントニオイノキ」(アントニオはスペイン人の名前か)とか「チビマルコチャン」など一般的(?)な名前で呼びかけられもした。

メキシコと日本はそこまで友好関係が深まっているのに、一民間人である私の不適切な行動が原因で国交断絶ということにでもなろうものなら、一大事だ。

マリアッチにチップを払わなければ、と我に帰ると、すでに脈がないと判断したマリアッチは別のテーブルで歌っていた。。。

こんなことをしている場合ではなかった。
ティファナのこのお店に入ったのは、目的があったのだ。
このバルコニーを装飾している色とりどりのゴム風船に用があるのだ。
バルコニーの網目の部分に結び付けられたたくさんの色付き(赤、青、黄、緑、橙、桃、白など)ゴム風船が、毎日お昼12時になると、「お腹の太った男」によって割られるというのだ。

しかも、その割り方に法則性があるらしく、ある種の暗号と思われ、なんらかの通信手段となっている疑惑があるのだった。

誰が何の目的で・・・・というのは、次回に続きます。

※今回で終わる予定でしたが、まだまだ続きそうです。。。

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