第148回 クラファンの当然

8月31日、宅配便を受け取った。
海外からの小包である。
なんだろう?と一瞬思ったものの、見当はついている。
クラファンの返礼品(あるいはリターン、あるいはリワード)なのだ。
「クラファン」と若者ぶって(?)略してみたが、「クラウドファンディング」のことである。
(けして「暮らし不安」とか「くら寿し大好きファン」のことではない)

クラウドファンディングは、クラウド(群衆)からファンディング(資金調達)することで、雲(クラウド)を掴むように資金を調達することではない。
(と、当たり前のように書いたが、つい最近まで雲を掴む方だと思っていたことはヒミツ)

アイデアがあるのにそれを実現するためのお金がない。
そんなとき、インターネットを通じて広く資金を調達する仕組み、それがクラウドファンディングなのだ。

※クラウドファンディングは長いので、以下クラファンと書きます(若者じゃないけど)。

クラファンは、十数年前に音楽イベント開催のための寄付から始まったという説があるが、定かではない(バビロニア起源という説もあるが、wikiやAIには頼らない)。
たぶん、何かやろうとしたけどお金のない人が寄付を集めたのが始まりなんだろう。

一般に、クラファンは期日までに目標額を集めて事業を実施し、それがウマくいった時、お礼としてその成果物を提供することがある。
というか、成果物を提供する場合がほとんどで、人々は成果物(返礼品)が欲しくて寄付(出資)をするのだ。
でも、寄付ならば、見返りを求めてはいけないし、出資(投資?)だとしたら失敗することも覚悟しなければいけない。
見返り目当ての寄付は不純である。

私は今までかなりクラファンに寄付(出資)している。
思い出そうとしても思い出せないくらいたくさん寄付している。
そして思いがけず(?)、返礼品を手にしてきた。

クラファン開始時に構想された成果物はあんなに魅力的だったのに、手元に届いた返礼品は期待外れだったりする(なんか不純だ)。

・たとえば、10年くらい前に自撮りができるという「手のひらサイズ」ドローンの開発者に3万円くらい寄付をした。
その後、返礼品として可愛らしいドローンが届いた。
スマホで簡単操作という触れ込みだったが、自撮りをする前に迷走して天井に激突、そのまま起動しなくなった。
(今なら3千円くらいで高性能なおもちゃドローンが買えます)

・10年くらい前、スマホにメールが届くとLEDライトで通知してくれるという眼鏡フレームに1万円くらい寄付をした。
今でいうスマートグラスだろうか(たぶん違う)。
その後、Bluetooth接続可能なフニャフニャしたプラスチック眼鏡フレームが届いた。
メールのたびにピカピカしてめまいがした。
周囲の人には眼鏡がチカチカしてる変なヤツとしてスルーされたので、将来のDJデビューまでお蔵入りとなっている(ウソ)。

・7年くらい前、「電子メモパッド付きモバイルバッテリー」に6千円くらい寄付をした。
その返礼品は、6インチのスマホサイズの薄いモバイルバッテリーで、表面が電子メモパッドになっていた。
なんと、USB経由で2台の機器を充電しながら、専用ペンで簡単にメモができるスグレモノだった(メモはボタンひと押しでパッと消えるし)。
とはいえ、そのモバイルバッテリーを電子メモとして持ち歩く機会が訪れないまま今日に至る(冷静に考えるとバッテリーにメモなんかしないよ・・・)。

・5年くらい前、「手のひらサイズ」のスマホに3万円くらい寄付をした。
返礼品は画面サイズが3インチという超小型でsimカード2枚差しで2つのキャリアを同時待ち受けできるというスグレモノだった。
これは珍しく(?)気に入って、メインのスマホとして使っていたが、電池容量が小さいため電池切れになったときにそのままどこかに行ってしまった。。。
頭の黒いネズミに持って行かれたのかもしれない。

他にも、スマホ用ジンバルやスマートギター、手のひらサイズPCや折りたたみキーボードなどなどたくさん寄付をした。
いい返礼品もあったが、開発者のプレゼンに追いついていない返礼品もあって、その都度「寄付に見返りを求めてはいけないのだ」と自分に言い聞かせたものだった。

クラファンでもっとも注意すべきことは、寄付(出資)した事業が成功する保証はどこにもないということだ。
だからお金を出すことは完全に自己責任なのだ。
(なので「出資」ではなく「寄付」と割り切ってます)

たぶんかなりの割合で失敗しているクラファンもあると思う。
私自身、返礼品が届かないことを二度経験している。
失敗したクラファンのサイトのコメント欄は出資者の罵詈雑言が溢れ、荒んだ廃墟と化していた。
私はそんなコメント欄を横目で見ながら超然としている・・・といったことはなく、気弱に「あれは寄付だったんだ」と心で呟きながら、それでもいつか返礼品が届くのではと淡い希望を捨てていないのだった。

結論:基本的に「手のひらサイズ」の小さなモノが好きな私は、気が小さくて人間の器そのものが小さいのでした(なんのこっちゃ)

※以上のクラファンに係る妄想はすべて筆者の個人的感想です。クラファン関係者の皆様、ご容赦願います。