両国駅と森下駅の間にある、喫茶ランドリーというお店がある。

3年ほど前に、アメリカのポートランドで、コインランドリーで待っている間にコーヒーなどを飲んでくつろぎ、洗濯に来た人同士がつながれるような「ランドリーカフェ」がオープンして話題となり、日本でもいくつかオープンしている。この「喫茶ランドリー」も、そういったランドリーカフェのひとつともいえるが、より自由で、人々が当たり前のように交流できる場所になっている。

洗濯するだけでなく、アイロン、ミシンも使える。コーヒーや紅茶、軽食もある。ドリンクを注文すれば食べものの持ち込みOK。レンタルスペースとして場所も借りられる。店の一角を借りた地元のお母さんたちがパンやケーキを作り、それを軽食を食べに来た近くで働くサラリーマンやOLにふるまう。お母さんたちが(勝手に)企画したミシンウィークでは、ミシンが得意な女性たちが店に(勝手に)常駐し、ミシン初心者にミシンの使い方を教えてくれる。実は、位相幾何学が専門の、ミシンとはまったく縁のない私の友人の研究者も、そこでミシンの使い方を教わり、布で「二十・十二多面体」を編み上げることに成功した。0歳から高齢者まで、わいわいと集う場として注目を集めているのだ。

その店の店主は、田中元子さん。何をしているのか、説明がしにくい方なのだが、著書に書かれた略歴によれば、「建築やデザインなどの専門分野と一般の人々とをつなぐことをモットーに、建築コミュニケーター・ライターとして、主にメディアやプロジェクトづくりを行う」人、だそう。

前置きがものすごく長くなったが、今回紹介するのは、その著書『マイパブリックとグランドレベル』である。それぞれのまちで、人々が集うような「公共(パブリック)」を、行政などに作ってもらうのではなく、自分で勝手に作ってしまおうという、彼女の活動の記録と思想が記された本なのである。

彼女の「自家製公共」のひとつが、パーソナル屋台。「野点以上屋台未満」のごくちっちゃな屋台で、彼女は「趣味として」、通行人に声をかけてコーヒーをふるまう。するとそこに人が集まり、勝手なコミュニケーションが生まれるのだ。

面白いのは、最初にIKEA製品を組み合わせて作った台を使ったが、それだとうまくいかなかったこと。人が集まる屋台にするには、「これは屋台だ」とわかる記号性、そして、その人物を切り取るフレームが必要なのだ。

「いきなり道端で突っ立って編み物をしていても……不審者だと思われるに違いない。……そこで、たとえばパーソナルな屋台装置でもって、自分をフレーミングする。これだけで、ただ突っ立って編み物をしている不審者から、ニット屋台という新しい屋台が誕生する」

屋台は、「自分が近寄ってみてもよい何か」という記号性をすでに持っていて、それを利用することができるわけだ。

田中さんは、パーソナル屋台のワークショップも開き、そこに集まった人たちは、屋台でチャイや花を配ったり、誰でも入っていいこたつ、おもちゃで遊ぶ空間といった場を提供したりしたそうだ。またすでに田中さんと同じようなことをしている人も紹介されている。街でカレーをふるまう社会学者、上野公園で路上に水で絵を書く元美術教師、ニューヨークで無料で相談者にアドバイスする女性(彼女の右手にはパペットが装着されていて、そのパペットが相談を受け、アドバイスするのだ)、いずれも趣味でパーソナル屋台を楽しむ「マイパブリッカー」たちだ。

さらにこの本では、街における地面の高さ=グランドレベルをプライベートとパブリックの交差点と位置付け、そこにベンチを置くプロジェクトや、都市の遊休地を私的な公園にしてしまう「パーカナイズ」などを提案、人々が活き活きと混じり合うための仕掛けを次々に紹介していく。がそのいずれもが興味深く、自分でもやってみたくなる。

冒頭で紹介した喫茶ランドリーは、まさに、本書に書かれた「個人による公共づくり」の実践だ。本を読むが先か、店に行くのが先か、どちらでもいいので、ぜひ田中元子さんの思考をリアルに体感してみてほしい。

喫茶ランドリーに行ってこの本を読む、というのが一番いいかも。

 

『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社/1800円)