『see you again』
すごい本が出た。924ページで辞書のような分厚さ、しかも2段組(3段組の部分もある)。すさまじい文字量のノンフィクションである。(プライバシーを配慮して小説の体裁を取っているが、実質的には紛うことなきノンフィクションだ)。しっかりとした端正な製本で鈴木成一による美しい装丁が目を引く。控えめに記された『see you again』というタイトルの持つ意味を知らないまま、本書の「ものとしての美しさ」に惹きつけられ、閉店間際の書店をぶらぶらしているときに思わず手に取った。ページをめくるやいなや、そのまま作品に引き込まれ、5000円近い価格にたじろぎつつも(ボリュームと内容、製本の美しさを考えたら激安価格ともいえるが)、気がついたらレジに向かっていたのだ。
テーマは1994年に起きた、愛知でのいじめ自殺事件だ。著者の小林篤は、地を這うような取材から真実を浮かび上がらせる「伝説」と呼ばれたルポライターである。足利事件の冤罪は、彼の取材こそがその道を開いた。
さて、書かれた遺書に違和感を持った著者は、月刊誌の記事にすべく、現場取材を開始する。抜群の取材力を誇る著者は、当事者や関係者に迫るが、どうしても納得できる解に至らない。取材はなんと10年に及ぶが、その時点で「あまりに関係者の不都合な真実に踏み込みすぎている」という理由でいったんは執筆を断念する。そのストイックさも著者らしいところだが、そこからさらに20年間、取材を続け、遺族との関係も継続し、ついに古希を迎えた著者は、取材時の様子や自らの心情を含めて細やかに描写しつつ、改めて膨大取材データをもとに「フィクションという形式」で本書を書き上げたのである。
これだけ分厚いので敬遠してしまうかもしれないが、まず、歳を重ねて肩の力が抜けた著者の文体は実に読み心地がよい。そのうえで、次々と明かされる事実にページを繰る手は止まらず、取材からは当事者や関係者の人間性が浮かび上がり、興味が尽きない。あっという間に作品世界に没頭してしまうのだ。
実はこのいじめ自殺事件が起きたのは、私が、まさに本書に登場する出版社に入社した年のことだ。すぐ身近で伝説のルポライターが濃密な取材をしていたことは、ペーペーの新人だった私は知る由もなかったが、本書には知っている人物もつぎつぎ登場し、また後年自分自身もいじめ自殺の取材をしたこともあり、当時の自分の心境を久しぶりに思い出して苦しくもなった。
当時の自分が事件取材において誤魔化していた感情を、著者は、全部誠実に受け止め、覚悟を持って真摯に文字にしている。その姿勢は本当に敬服に値するものである。
『see you again』小林篤著 講談社