第95回 常識が非常識、非常識が常識にすり替わる、日本経済・日本企業の「パラダイム・シフト」

週刊誌の記者生活も長くなると、いわゆる「パラダイム・シフト」に出くわすことも珍しくはなくなってくる。今、パッと思い浮かぶのは「リストラ」と「大手銀行の赤字決算」だ。

1999年に日産自動車がリバイバルプランを打ち出すまでは、日本の大企業にとって「人員削減」は侵すべからざるタブーだった。日本人でないカルロス・ゴーンだからこそ踏み切れたのだと当時は言われていたものだ。

しかし、それからというもの、人員削減は日常茶飯事になってしまった。「リストラ」というのは正しくは「組織再構築」という意味だが、どこかのコンサルティング企業の入れ知恵で「人員削減」の言い換えとなった。

「人員削減」は悪でも、「リストラ」はオーケー。リストラの嵐が吹き荒れた背景には、ひとつには、この言い換えの妙があったのではないか。

してみると、大企業経営者の多くが表向きは「終身雇用を守り抜く」とか言いながら、本音では人員削減の誘惑に逆らえなかったということなのだろう。ゴーンが飛び降りてくれたおかげで、赤信号みんなで渡れば怖くないとなったわけだ。

「大手銀行の赤字決算」については、住友銀行(現・三井住友銀行)が1994年に先陣を切って世間を驚かせた。もっとも、バブル経済が崩壊して2~3年もたった頃なので、それほど事情に詳しくなくても「どの大手銀行も実質的には赤字である」ということは公然の秘密ではあった。

こんな思い出がある。今、どういう呼び方をしているかわからないが、1990年代には各大手銀行に「主計担当」というプロフェッショナルがいた。彼らが文字通り決算を「つくる」のである。

日本興業銀行(現・みずほ銀行)の主計担当が、各大手銀行のまとめ役をしていた。他の都市銀行の主計担当から電話が入ると、「あ、折り返しありがとう。ところでさ、今期はいくらくらいやるの?」と何かの金額を確認している。

後で訊いたら、「不良債権処理をいくらくらいやるの?」ということだった。正直にやったら、赤字転落はおろか資本不足、ひいては経営破綻に直結しかねない。そこで、赤字にならない範囲で体面を保ちつつ、他行と横並びで不良債権処理をやろうという皮算用だ。

簡単に言えば、「粉飾決算の談合」である。バレたら一大事である。そんな「打ち合わせ」を記者の目の前でやるのもどうかと思うが、その頃は記者の方も「なるほどねえ」などと合点していたのだからどうにかしている。

似たような話に、1991年に発覚した証券不祥事がある。証券大手4社が顧客である大企業に対して株式運用の「損失補てん」をしたのだが、どこにいくらという詳細(日本経済新聞がスクープした損失補てん先リスト)はともかく、損失補てん自体は知る人ぞ知るの「慣習」だった。

業界担当として内部に喰い込んでいると、大手銀行の粉飾決算とか大手証券の損失補てんなどは、日常的に見聞きしているがゆえに、かえって「盲点」になってしまう。これは大手新聞でも同じようで、金融不祥事については金融部・証券部より社会部の方が敏感であるようだ。

いつかこのコラムでも書いたことだが、かつてひょんなことから日本債権信用銀行(現・あおぞら銀行)の格付け資料を入手したことがある。知り合いの新聞記者から「300万円で買ったって話があるけど、本当?」と訊かれたが、本当のわけがない(笑)

それはどうでもいのだが、どうでもよくなかったのは、格付け資料に記されていた不良債権の一覧である。会社名、金額がズラリと並んでいて、素人が見たって「この銀行、終わってる」と分かる内容だ。

ここからはここだけの話になる。ひと目で「金丸信」関連と知れる不正融資先がウジャウジャ出てきた。今でも憶えているのだが、一例を挙げれば「丸金コーポレーション」という会社があった。金丸で丸金(笑)

自民党副総裁で「政界のドン」とまで言われた有力政治家のスキャンダルである。しかし、週刊誌に掲載したときには、こうした金丸銘柄はすべて削除されていた。

「削除されていた」と言うと他人事のようだが、実際他人事だったのである。当時は電機・通信担当だったので、入手した資料はそっくり金融担当の先輩記者に渡し、特集記事を書いたのは彼らだったのだから。

どういう判断があったのか、詳しくは知らない。名誉毀損訴訟を懸念したのか、政治家のスキャンダルを追及するのはビジネス誌の本筋ではないと考えたのか。

大手新聞の社会部なら、日債銀の経営問題よりも金丸信のスキャンダルに飛びついたのは間違いないだろう。筆者が今書くとすれば、やはりそうするだろうとも思う。

週刊誌の特集記事が出ても出なくても、日債銀は後に経営破綻したし、金丸信は脱税で逮捕されたのだから、どうこう言っても始まらないのだけれど。

「パラダイム・シフト」について書くつもりだったのに、いつの間にか軌道修正がきかぬところまで話が脱線してしまった。夜毎に暑苦しくて、どうにもかなわない。