『英国一家、フランスを食べる』(マイケル・ブース著 飛鳥新社)

日本でベストセラーとなり、NHKでアニメ化もされた『英国一家、日本を食べる』にそっくりな表紙なので、シリーズ第三弾(第二弾としてすでに『英国一家、ますます日本を食べる』が出版されている)と思われる方も多いかもしれない。

しかし実は、本書は2008年に出版され、欧州のメディアで絶賛されたマイケル・ブースの出世作。7年の時を経て、ようやく日本語訳が出たのである。

当時、無名のトラベルライターだったブースは、なんとか金を工面し、家族とともにパリに移住する。その理由は「料理本を読んでも料理番組を見てもちっとも料理がうまくならない。だからパリの名門料理学校に入学したい」という、妻子持ちのいい大人の発想とはとても思えないもの。

そんな理由で家族を巻き込むブースも、嬉々として巻き込まれてついて行く奥様もどうかと思うが、ともあれ、ブース一家は右も左もわからないパリでなんとか部屋を見つけ、料理修行に励みつつ暮らしていく。そんな日々を、軽快な筆致で描いたのが本書だ。

ブースが入学するのは、パリ随一の名門といえる、ル・コルドンブルー。
この歴史ある料理学校で教えられるのはなによりも古典的なフランス料理だ。バターや生クリームをこれでもか、とたっぷり使う。肉や魚に凝った詰め物をしては、パン生地やパイ生地、野菜などで包む。そして伝統的な手法でフォンドヴォーを取り、重いソースを作る。

ナポレオンが1800年に作らせた「仔牛のマレンゴ風煮込み」などさえ習得させられるのだから、その伝統重視っぷりは、徹底している。巷では素材を生かしたシンプルな料理や化学を駆使した分子調理がいくら流行っていようと、偉大な名門料理校の伝統は揺るがないのだ。

しかしその古典的料理を作るなかで著者はさまざまな発見をする。こびりついたエキスこそが世界最高の調味料であるがゆえ、フッ素樹脂加工のフライパンではなく、焦げ付きやすいフライパンを使うべきだと気づき、オリーブオイルを多用する弊害を実感すると同時に、澄ましバターの素晴らしさを知るのである。

料理学校内の生徒同士のやりとりやライバルとの争いなどの描写は、さながら軽妙な青春ものの物語のよう。素直に自分の失敗を書きつつ、鼻持ちならないライバルを遠慮なしに徹底してこき下ろす(もちろん、イギリス人らしいユーモアを保ちつつ、だが)。若さゆえのプライドが垣間見えて実に面白い。

そして著者はなんと第3位で卒業し、現代最高峰のシェフの店「ラトリエ・ド・ジョエル・ロブション」で研修することになる。

しかし、その経験の描写はかなり辛辣だ。労働環境のあまりの過酷さや、シェフたちの疲弊ぶりをリアルに描写し、店の料理についても「ジェイミー・オリバー(イギリスの著名料理研究家)臭がぷんぷんする」と書く。素材を生かしたシンプルな料理が多いためだろうが、これを聞いたらロブションは怒り心頭だろう。

しかし、この率直さこそが本書の魅力だ。ひたむきに料理修行に勤しむ著者のまっすぐな視線が、料理の滑稽さと素晴らしさを同時に炙りだすのである。

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