谷口浩さんは、フィジー共和国で語学学校を設立し、大きく成長させた人だ。さらにその手腕を買われてフィジーの国立高校の理事長となり、底辺校だったその高校を立て直した。『FREE BIRD 自由と孤独』は、その軌跡を追った半生記なのだが、これが無茶苦茶面白い。

そもそもフィジーで語学学校を作るきっかけになったのは、「スピード違反」である。まったく話が繋がらないと思うので説明すると、まず谷口さんはスピード違反で免停を食らう。さらにその行政処分が降りるまでの期間(つまり車を運転してもよい期間)にもう一度スピード違反をやらかし、免許取り消しに。仕事上免許が必要不可欠であり、なんとしても免許取り消しを回避したい谷口さんは、ファインマン物理学に出てくる「速度と位置は同時にはわかりえない」という話にゲーテルの不確定性原理を盛り込んで、裁判所で検察の主張を覆そうと目論む。しかし(当然ながら)、裁判官はその主張をまったく受け入れず、簡易裁判所でまず罰金10万円が確定。これに関して「あきれてものも言えなかった」と未だに憤慨しているのが、実に谷口さんらしい。

これにより、公安委員会による免許取り消しは、間違なく実行に移される。そんななか、谷口さんが次に繰り出した秘策が、海外で免許を取ること。海外に居住地を置き、当地で運転免許証を取得すれば、日本国内での運転が可能になるのだ。

まずはアメリカ大使館に電話。仕事か留学で三ヶ月以上滞在しないと免許は取れないと言われるが、仕事のことを考えるとそれは不可能だ。しかしそんなことでめげる谷口さんではない。イギリス、ウルグアイ、エクアドル……と50音順で片っ端から大使館に電話してゆくのだ。しかしどこの国も長期滞在やヴィザなどが必要で、簡単に免許は取れない。日本にある大使館の半数以上に電話し続け、ついに「は行」の国に至る。そしてフィジー大使館に電話すると、ヴィザも長期滞在も必要なく、免許が取得できることがわかったのである。

話が長くなったが、これが谷口さんとフィジーとの出会い。そして免許取得のためにフィジーに向かう。そして暇でおせっかいなフィジー人たちに構われ続けた1週間の滞在の後、帰りの飛行機で、顔が痛いことに気づく。フィジーで毎日ずーっと笑って過ごし、顔が筋肉痛になってしまったのだ。日本では厳しい顔で仕事をしてきた谷口さん、当時、ちょうど自分で鏡を見て「殺人犯」みたいだ、と思っていたという。そんな時期だけに、なおさら自分を笑顔にさせっぱなしにしたこの小さな島国に感銘を受け、「フィジーという誰にでも馴れ馴れしい人々が暮らす国に住んでみたい」と思ったという。フィジーの人たちのおおらかさとホスピタリティにやられてしまったのだ。

そして2004年にフィジーの高校のなかの小さな教室を借り、生徒3人で英語学校をスタート。世界で2番目に大きな語学学校にまで発展させる。さらに地元の高校の理事長を引き受けたり、自分の会社をフィジーの証券取引所に上場させたり、ついには国会議員選挙に出馬したりと、次から次へ熱い「冒険」を繰り広げる。もちろんこの過程でもトラブル続き。そのたびに奇抜なアイデアと行動力で乗り切るさまは活劇のように面白い。

谷口さんは、失敗したり、行き詰まったりしても決して諦めない。物怖じしない行動力と、手持ちの道具だけを活用して事態を打開していく手法が見事だ。

例えば、理事長を引き受けた底辺高校は、水も出ない、トイレも流れない。窓枠はあれど窓はなく、椅子や机の三分の一は脚が壊れて使えない。給食は水みたいな具なしスープと煮すぎたキャッサバ。生徒も先生も目に輝きがない、という状態。授業料は半分以上が未納。保護者に督促状を送ると、生徒はお金の代わりにキャッサバやタロイモを持ってくる。

この状況で谷口さんはどうしたか。無理にでも取り立てる方法を考えたのか。そうではなく、逆にフィジーで初めての高校の授業料無償化を打ち出すのだ。給食用の農場を作って野菜を育て、食肉処理場から安い内臓肉を仕入れ、校庭に井戸を掘るなどして給食や設備を改善しつつ、日本などからの留学生を受け入れることにし、その費用で学校運営を賄おうとした。

谷口さんはこう書く。

「フィジーでは学費を持ってこられる学生は少ないけど、学ぶ意欲のある学生たちはたくさんいる。しかも彼らは友達を作るのが天才的に上手い。一方、日本には私立高校の学費は払ってもらえるけど、なぜだが学ぶ意欲が高くなかったり、友達を作るのが苦手で学校を楽しめなかったりする学生がたくさんいる。じゃあ、フィジーの学生たちに、日本からきた学生たちを元気づけたり、友達になったり、面倒を見てもらったりできるんじゃないかな?」

この発想の背景には、フィジーの人たちのホスピタリティによって、「殺人犯みたいな」自分の顔を、笑いっぱなしの顔面筋肉痛にさせられた、谷口さんの経験があるのだろう。日本の学生にとっても、私立高校の学費とさほど変わらない額で日本からフィジーへの留学でき、英語も学べ、卒業後は日本の大学を帰国生枠で受験することもできる。実際、このやり方は成功し、フィジーの学生たちが生来持つホスピタリティを活用することで、見事にお金を集めて学校を運営しつつ、現地の学生たちの授業料無償化を達成したのだ。

谷口さんはステージⅣの末期がんからのサバイバーでもある。そして「みんなが無理だ、不可能だということを実現させるのが楽しくて仕方がない」という。彼の現在の夢(あるいは現実的な目標?)もぶっ飛んでいて最高に面白く、わくわくするものだ。それが何なのか、ぜひ本書を最後まで読んで確かめてみてほしい。

『FREE BIRD 自由と孤独』 谷口浩著 中央公論新社/1400円