『人間たちの話』

今はSFを読むのにふさわしい時期ではないか、と思っている。それは別に、SFに描かれているような未来がこれからやってくるからとか、SFで示唆される知見が今後役に立つから、というわけではなく、多くのSFが持つ「人間に対する視点」が、現状を前にさまざまに思索するためのヒントになるからだ。

その視点とは、人類を少し離れた場所から俯瞰して見ること。われわれは今、まさに感染症をめぐる戦いの当事者であるわけだが、時に、ふっと宇宙から人類という種のふるまいを眺めるような視点を持つと、また違った世界が見えてくるように思うのだ。

今回ご紹介するのは、柞刈湯葉の『人間たちの話』というSF短編集。」デビュー作の『横浜駅SF』ばりの荒唐無稽さが楽しい「宇宙ラーメン重油味」、マグリットの絵画に触発された「記念日」、透明人間を少年の描く「No Reaction」など、さまざまな作風が楽しめるが、特に今の社会状況に響くのは、「冬の時代」「たのしい超監視社会」「人間たちの話」あたりだろうか。

「冬の時代」は、低温化による「冬」が続く日本列島で生きるふたりの少年の話。「南に行けば春の国があるらしい」という話を聞き、雪と氷に閉ざされた世界を旅するふたり。冬が来る前に科学者たちが行った対策の残骸に遭遇しつつ、「玉兎」などの生き物(これらの生き物も気候変動を予測した科学者たちがゲノムデザインしたものらしい)を捕獲して食べながら、旅を続けていく。

「たのしい超監視社会」は、全体主義国家イースタシアに生きる若者たちの話。タイトル通り、ネットワークの発達のもと、監視することに「たのしさ」を見出す若者たちの姿を描く。オーウェルの『1984年』へのオマージュでもあると同時に、今の社会の一面を映し出してもいる。

そして「人間たちの話」。宇宙に存在する「生命」と対比させつつ、科学者の日常、家族のありようを描く。この作品はぜひとも読んでほしいので詳細には触れないが、読み進むうちに、今起きている事態はまさに「人間たちの話」なんだなぁと実感してしまうのである。また、「2030年頃からウイルスはカプシド生命体として、細胞によるリボゾーム生命体と区別されている」なんて記述もあってドキリとさせられたりもする(現在はウイルスは非生命とみなすが一般的)。

主人公が、恩師に「研究者の素質とは何でしょう」と聞くシーンがある。その答えは「現実を他人と違った角度で見る能力だ」というもの。

今われわれに必要とされているのも、まさにこの能力であるように思える。

今は本の配送が遅延しているが、kindle版なら、すぐ入手できる。本作にならって、さまざな角度、多様な視点で現実を見ていきたいものである。

『人間たちの話』柞刈湯葉著(ハヤカワ文庫JA/740円(税抜)