『現代経済学の直感的方法』

『現代経済学の直感的方法』。ちょっと敬遠したくなるようなかたいタイトルだが、とにかく、すいすい読める。いや、ぐいぐい読まされてしまう、といったほうがいいだろうか。シンプルな例えと簡潔な言葉で、資本主義について、金利について、インフレとデフレのメカニズムについて、貨幣について、基軸通貨としてのドルについて、まさに「直観的に理解できるように」語られている本なのだ。

例えば冒頭、「成長を続けなければならないというのは、資本主義というシステムが必然的に持たざるを得ない一つの宿命」と書く。この本質的な視点を拠りどころに、歴史に目を向け、鉄道と軍事の発展を語り、貯金や通貨の流通、金利について「パン屋の事業拡大」のような寓話めいた話を用いて、明快に説明していくのだ。

「直観的」なフレーズは随所に見られる。例えば「資本主義経済が現在の高度を保つ際の浮力は、このうち5分の4は飛行船のように船体自体が発生する浮力であるが、残りの5分の1はいわば翼の揚力によるものであり、止まった状態では全く発生しない性格のものである」。これは、拡大自体が自己目的化したような、設備投資に経済全体の20%近くが使われていることを指しての表現である。

他にも例えば、農業経済の衰退を「産業としての機動力の差」と一言で言い切る。紙幣について、磁石がそばにある鉄を磁化させる現象に似ているといい、イングランドでの紙幣の誕生を「金の地金という永久磁石によって紙切れが磁化されていった」と表現する一方、モンゴル帝国の紙幣は「フビライの軍隊という電磁石によって急速に磁化された紙幣」だという。いずれも言い得て妙、というほかない。

著者自身の言葉で、論理的に、物語として語るーーそれこそが、本書を「ぐいぐい読まされてしまう」理由だが、その中でも白眉は、仮想通貨とブロックチェーンを扱った第8章と資本主義の将来と「縮退」を扱った第9章(最終章)だろう。縮退とは、一握りの超巨大企業が発展することで経済全体は成長するが、他の企業や商店は衰退しているという、今まさに我々が目の当たりにしている現象を指している。

縮退について解説した後、著者は「われわれはどうしてこんなに大きな誤解をしてきたのか」と問い、「高度な文明とは大量のエネルギーや情報を使うことで、より大きく、より速く、より快適になることだと錯覚してきたのだが、むしろ真の「高い文明」とは、人間の長期的願望が短期的願望によって駆逐されるのをどう防ぎ、社会のコラプサー化をどうやって阻止するかという、その防壁の体系のことを意味していたのではないか」と問う。相変わらず言葉は明快でありつつ、著者の思索は、ここに至って平易さより深遠さをまとってくる。

これまで、この本の明快さばかり強調してきたが、注意深く読めば、より深い疑問が湧いてくる本でもある。そしてそれがまた、深い思索につながる。それこそが著者の目論見なのかもしれない。

なお、著者は早稲田大学応用物理学科を卒業し、その後大学院を中退している。つまり経済学の専門家ではない。専門家からすれば、著者の記述は、寓話的すぎたり、「そうとは言い切れない」ところもあると思われる。あくまで素人の書いたもの、と言われれば、そのとおりかもしれない。

著者は、細部を徹底的に見極める専門家ではなく 全体を見る目を持った素人=教養人なのである。

夏目漱石は「(素人は)、ある芸術全体を一目に握る力において糜爛した黒人(=玄人)の眸よりもたしかに溌溂としている。富士山の全休(全体)は富士を離れた時にのみはっきりと眺められるのである。」と書く。まさに本書はそんな溌剌さに満ちた本である。

『現代経済学の直観的方法』 長沼伸一郎著(講談社/2400円)