『フレンドシップウォー』

昨年の11月28日、アンドリュー・クレメンツが亡くなった。

クレメンツが、すぐに誰だか分かる人は少ないだろう。80冊以上の作品をこの世に出し、全米650万部という大ベストセラーも生み出し、数々の受賞歴もある作家であるにもかかわらず、日本でそれほど知られた作家であるとは言えないのは、クレメンツの活躍の場が児童文学だったからだ。

遅咲きの人でもあった。教師をクビになり、シンガーソングライターを目指したが芽は出ず、小さなや出版社や絵本の輸入会社に務め、そこで、新しい言葉を作る男の子の本を書く。『合言葉はフリンドル』というその本の書名を聞けば、読んだことがある! という人もいるかもしれない。このデビュー作が出版されたとき、クレメンツは47歳だった。

全米で650万部売れたのは、まさにこのデビュー作だ。その後、『こちら「ランドリー新聞」編集部』『はるかなるアフガニスタン』『ぼくたち負け組クラブ』『ナタリーは秘密の作家』『ユーウツなつうしんぼ』などなど、主に学校を舞台にした小説を数多く書き、「学校物語の帝王」と呼ばれた。

今回紹介するのは、彼のいまのところの(遺稿があるかもしれないので……)最後の作品である『フレンドシップウォー』。今年の7月に翻訳出版されたファンにとっては待望の一冊である。

主人公のグレースは「科学的な考え方」が大好きで、収集癖がある女の子。部屋には、どんぐりや鳥の羽、貝殻、石、硬貨、クリップ、誕生日ケーキのロウソク、釘、ビー玉などがびっしりと並んでいる。数え切れないほどの本があり、ブリタニカ百科事典に至っては3セットも積み上げられている。

そこに新たに加わったのは「ボタン」である。彼女のおじいちゃんが古い工場を購入し、そこを探索したグレースがボタンがぎっしり詰まった60箱ものダンボールを発見してすべてを部屋に運び込む。

グレースが夏休みの宿題として、このボタンを含む、工場で見つけたさまざまなものを学校で発表したのをきっかけに生徒たちはボタンに興味を持ち、親友のエリーは、みんなの家にあるボタンを学校に持ってきて見せ合いっこをすることを提案する。そしてそれをきっかけに、学校で「ボタンブーム」が起きるのだ。

「科学的な」グレースは、ボタンブームが生じる直前に、これから起こることを予想している。

「きのうの昼休みが終わるまでには、テーブルのまわりに二十二人集まっていた。おそらく半分は男子。ポケットには七、八個のボタンが入っていて、ボタンのことを考えながらカフェテリアを出た。もしその十一人がほかの男子三人ずつにボタンのことを話したり、見せたりしたら三十三人に増える。その三十三人が別の三、四人に話したとしたら、というように考えると、ボタンに興味を持ち始めた男子は百人を超えるだろう!」

という具合だ。そして翌日から「ボタン・フィーバー」が勃発し、大量のボタンを集める子、貝殻や真鍮のボタンに狙いを定める子、珍しい色のボタンを欲しがる子など、それぞれがさまざまな思惑のもと、誰もが誰かとボタンを交換しあうようになっていく。冷静なグレースでさえ、ときに魅惑的なボタンに魅入られて、「何が何でもそのボタンを手に入れてやる!」と息巻くボタン・ゾンビに変わってしまったりするのだ。

そんななか、濃い青のうずまき模様のある大きなクリーム色のボタンをめぐって、グレースはエリーと仲違いし、まさに「戦争状態」となる。タイトルの「フレンドシップウォー=友情戦争」はそれを指している。

世界中のボタンの数をフェルミ推定よろしく予想するような理論的なグレースが、淡い恋心をいだくのはハンクという少年だ。ハンクは、グレースとは違った科学的な気質がある。家中のあまっているボタンを色と形と大きさで分類し、蝶の標本のごとく、厚紙に固定して並べてみせる。科学者というより博物学的な気質かもしれない。ハンクはやがて、セルロイド、ベークライト、ルーサイト、植物象牙、磁器、骨、真珠貝……とボタンの材質の分類し、ボタンの材質や形状、穴の大きさなどから、「おそらく一八五〇年代だろう」なんて、制作された年代を特定しはじめたりするのだ。

物語の本筋は、なんといってもエリーとグレースの友情だが、そんなグレースやハンクの科学的、博物学的視点がボタンを通して語られたり、ボタンの存在がおじいちゃんの心をおだやかにしたり、ボタンをめぐる生徒たちのふるまいが経済学的な視点で俯瞰できたりと、多角的に読めるのが面白い。小学生でも楽しめるが、中学生ぐらいがもっとも響く世代だろうか。もちろん大人が読んでも十分面白い。児童文学だからといって侮るなかれ、である。

素晴らしい読後感の一冊だが、これがクレメンスの最後の作品かもしれないと思うと悲しくもなる。

あとがきでクレメンスはこう書いている。

「わたしとともに小さな旅をしてくれてありがとう。そしてみなさんの読書の熱がけっしてさめないこと祈っています」

世界中にいる何百万人何千万人の彼の本を愛した子どもたちへの最後のメッセージのようにも読めるのである。

『フレンドシップウォー』 アンドリュー・クレメンツ著、田中奈津子訳 (講談社/1500円)