さて、前回に引き続き、『LISTEN』を紹介する。前回、この本は、「自分は人の話を聴けている」と思っている人の自信も打ち砕く、と書いたが、そのなかでももっとも破壊力のあるものは、第6章の指摘だろう。

”誰かと話しているとき、自分の頭に浮かんだ考えに気を取られてしまい、相手の話が「音声オフ」の状態のようになってしまった経験はありませんか?”

人は、聞きながら、その間持て余しているさまざまな認知能力をあれこれと使い、他のさまざまなことを考えてしまう。さらには相手の外見や癖を見たり、夕飯の買い物について考えたりする。ついやってしまう人も多いだろう。

そして、気が散る最大の原因だと著者が指摘するのは、聞きながら、「次に何を話そうか」と考えてしまうことだという。これには思わず膝をうった。相手の話に集中し、夕飯の買い物のことを考えないようにするのは、それほど難しくない。だが、この「次に何を話そうか」を考えずにいることは、(少なくとも私には)なかなかできなうえ、さらに問題なのは、そうやって「次に何を話そうか」を考えることは当たり前で、言わば「聞くことの一部」と考えてしまっていたことである。そうやって気の利いた言葉を発し、会話を回していくのが、聞くことに一部のように思っていたのだ。

しかし、実は、そんなふうに会話中に必死に考えて「なにか気の利いたことを言う」ことは、相手の信頼感の増大にはつながらない、と著者は指摘する。むしろ無防備にただ聞くことが結局相手の信頼に値する反応を生むのである。

自分の心を開放して相手の話に耳を傾けた方が、もっとよい反応ができるようになり、相手とのつながりは深くなり、気持ちは落ち着きます。

と著者は書く。

結局のところ、本書には、相手に関心を持ち、無防備に全身全霊をこめて、ただ相手を受け止めることが、聞くことにおける最良の態度である、ということが繰り返し書かれている。そしてそれを、さまざまな事例を取り上げたり、聴くスペシャリストたちに実際に取材することで具体的に記していくところに面白さがある。

元CIAの主席尋問官、元FBIの人質交渉主任、数々のヒット商品を生み出した、消費者調査の伝説的なモデレーター、即興コメディ(と訳されているが、日本ではインプロと呼ばれ、本書で紹介されているワークが学べるクラスは日本にもあるので、体験してみるのも面白いだろう)の講師、数多くの研究者などを取材しつつも、現代アメリカにおける政治の分断を「聴くこと」を切り口に語ってみたり(これは深堀りすれば良質なノンフィクションになりそうだ)、独り言など、自分自身の内なる声や読書をテーマとしてみたり、さらに他者へのアドバイス(たいていの場合失敗に終わる)を取り上げたりと多岐に渡る。聴くことをめぐる具体と抽象を自在に行き来し、退屈することがない一冊なのである。

『LISTEN』(ケイト・マーフィ著 篠田真貴子監訳 松丸さとみ翻訳 日経BP/2200円+税)