本書『脳は世界をどう見ているのか』における脳の機能に関する仮説は極めて魅力的だ。

脳は単純な細胞の寄せ集めで、それが頭蓋骨に覆われ、外部からの情報は、神経系を通じて電気信号として入力されるのみである。そのような状況で、いかにして脳は事物の「モデル」を作るのか? 著者はそこに着目する。例えば脳が自転車を認識するとき、その形状や質感だけでなく、その機能やそれぞれの部品がどう連動しているかなどを含めて把握し、脳内に自転車の「モデル」を作り上げる。そのように万物の「モデル」を脳はどのように作っているのかという問いを立てるのだ。

大脳新皮質が「座標系」によってそれらを認識している、と著者は推定した。大脳新皮質の「地図」のようなものを見たことがある人も多いかもしれない。この部分は運動を司る運動野、ここは感覚を司る感覚野、ここは言語を司る言語野などと描かれた図だ。しかし実はすべての新皮質の領域は同じように見え、実際その働きも同じなのだ、と神経科学者ヴァーノン・マウントキャッスルの論文を引きつつ本書は解説する。同じ作用をする皮質が眼をつながれば視覚を、耳とつながれば聴覚を、という具合に、どの皮質でも基本的なアルゴリズムはすべて同じだという。そしてその皮質アルゴリズムは、新皮質の基本単位であるコラム(柱状構造)にあるという。

大脳新皮質は、ぎっしりと並んだ15万個の細長い皮質コラムで構成されており、あらゆる皮質コラムは予測をする。例えばコーヒーカップに手を伸ばせば、手触り、重さ、温度、形状を予測する。これは、脳内に過去に学んだコーヒーカップの「モデル」があるからできることだ。その予測と違うとき(例えばカップが異様に冷たかったとき)、われわれはそれに違和感を覚え、カップの冷たさに気づく、というわけだ。

では脳はどうやって予測するのか。そこで「座標系」の出番だ。例えばコーヒーカップの中程に指を置いているとき、少し上に上に指を持っていけば、コーヒーカップのふちの丸みに到達するはずだ、と予測することができる。そのとき必要なのは、コヒーカップのどの位置に指があるか、という相対的な座標である。つまり脳の新皮質は脳内にもの(例えばコーヒーカップ)のモデルを作るだけではなく、そこに座標を配し、位置を特定しているのだ。

脳に入力したあらゆるもののモデルに座標を付与することはたいへんな作業だ。実は大脳新皮質の主な役割は座標系処理だという。すべてのコラムは位置と座標系を表現し、コラム同士の「民主的な合意」のもと、全体としてものごとを知覚しているというのだ。

ダーウィンの進化論のごとく、シンプルなアルゴリズムが極めて複雑なものを作り上げていく、この理屈は非常に興味深いものだ。

さて、ここまでの話が第1部、これを読むだけで最高の知的興奮があるのだが、さらに第2部以降、AIと人類の未来へと話は進んでいく。それも当然で、著者は元インテルのソフトエンジニア。退職後、大学で神経科学を学んだのち、シリコンバレーで起業(あのPalm/Pilotの開発者だ!)、財をなして、独自の研究所を立ち上げた人物なのだ。それゆえ、文章も学者的ではない伸びやかさを持ち、随所にクリエイティブな感受性を見せてくれる。難解なところはほぼなく、ワクワクした気持ちで読み進められる一冊である。

『脳は世界をどう見ているのか 知能の謎を解く「1000の脳」理論』ジェフ・ホーキンス著 大田直子訳