『物価とは何か』

昨年の1月に出版された地味なタイトルの選書がじわじわと評判を呼び、売れ続けている。『物価とは何か』という本だ。私の周囲でも、昨年半ばぐらいからポツポツと「面白い!」という声が聞こえ始めてきた。併せて世界的なインフレが進行するなか、多くの人の興味を引いたのだろう。11月には日経・経済図書文化賞受賞し、発売後1年を経て書店で平積みされるまでになっている。

ようやく読む機会に恵まれたが、大学で経済学を学んだ自分の古い常識は覆され、なおかつとてもおもしろかった。著者は物価を「蚊柱」に例える。1匹1匹の動き(個々の商品の値動き)を追っても、ゆっくり上下動を繰り返す蚊柱自体の動き(物価全体)を理解したり、予測したりするのは難しいのだ。そんな抽象的な「物価」というものを、極めて具体的なところから説き起こし、直観的に理解できるような工夫が随所になされている。かつてのオイルショックによる物価高が原油価格の高騰によるものではなかったことをデータは示していることなどは、現在世界的に進行している物価高考えるうえでも興味深い(実は今起きている物価高もウクライナ戦争が原因ではないことをデータは示している。このウクライナ戦争に関する議論は、本書に続いて出版された『世界インフレの謎』に書かれている)。歴史的な物価混乱の事例の解説もわかりやすく、「物価ってこんな感じのものなんだ」ということがすっと頭に入ってくる。レシートというビックデータの活用など、最新の実証分析もとても興味深い。

そしてもっとも著者の危機感が伝わってくるのが、デフレが、そして日本の消費者が何より価格上昇を徹底して嫌い、現状維持を求めたがることが、日本の経済力や企業の開発能力、イノベーションに深い傷を負わせているという主張だろう。

その主張は大上段に構えたものではなく、きわめて誠実に記述されているのも好もしい。著者の誠意と強い思いが伝わってくる一冊である。

『物価とは何か』 渡辺努著 (講談社選書メチエ)