『成瀬は天下を取りにいく』『成瀬は信じた道をいく』

やはり、成瀬あかりが天下を取った。小説好きならなんのことかわかるだろう。そう、今年の本屋大賞は、現在日本の小説界におけるもっとも魅力的な主人公、成瀬あかりの活躍を描いた宮島未奈の『成瀬は天下を取りにいく』が受賞したのだ。書店には受賞作とともに、今年1月に出版された続編の『成瀬は信じた道をいく』がどかんと積まれている。2作目刊行のタイミングの絶妙さも、さすが成瀬、と唸ってしまう。
 
滋賀県大津市に住む成瀬あかりは、幼いころからなんでもできる少女である。足は速く、字はきれい。歌もうまく、勉強もできる。小学生の時から絵や交通標語などさまざまな賞を受賞し、家にはトロフィーや賞状が山程あるが(続編では、すでに赤ちゃんのときにハイハイレースで優勝していることも明かされる)、それを誇ることなく淡々としている。それでいて相当の変わり者。200歳まで生きることを目標に、周囲に惑わされることなく、我が道を突き進む日々を送る。

初めて成瀬が登場するのは「ありがとう西武大津店」という短編である。中学2年生の成瀬は「この夏を西武に捧げようと思う」と幼馴染の島崎みゆきに宣言する。コロナ禍のなか、44年間の歴史に幕を閉じて、閉店してしまう大津市唯一のデパート、西武大津店が閉店するまでの1ヶ月間、毎日西武ライオンズのユニホームを来て来店し、しかも地元ローカル局のテレビ番組「ぐるりんワイド」の生中継に映り続ける、というのだ。強い意志を持って、しかも淡々と成瀬がテレビに映り続ける日々を描いたこの作品は、2021年、数々の名作を生み出してきた「女による女のためのR-18文学賞」の大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞した。そして、この作品に成瀬と彼女をめぐる人々を描いた5篇を加えて昨年3月に出版されたのが『成瀬は天下を取りに行く』だ。刊行後、後じわじわと支持を広げて数ヶ月かけてブレイクし、1年後、ついに本屋大賞を受賞するに至ったのだ。

成瀬はその後、島崎と漫才コンビを組んでM-1グランプリを目指したり、高校に進学して競技かるた部で頭角を表したり、地元のときめき夏祭りの実行委員兼総合司会を務めたりする。第2作も、同じスタイルの連作短編で、成瀬は受験もなんなく乗り越えて大学生になり、地元スーパーのフレンドマートでバイトして万引き犯を捕まえたり、びわ湖大津観光大使になったり、とこれでもか、というぐらい滋賀県のローカル色を全面に押し出しつつ物語は展開していく。

成瀬以外の登場人物は数人の例外をのぞき、地方都市に暮らす「普通の人々」だ。それぞれがちょっとした苦しさを抱えながら、ありふれた日々を過ごしているのだが、成瀬と関わることで楽になっていく。周囲を気にせず、ありのままに生きている成瀬との出会いで自分自身を取り戻していく、と言ってもいいいだろう。成瀬と関わることで、ある種凡庸に生きる彼ら/彼女らも、1人の人間としてどんどん魅力的に見えてくるのが面白い。

1作目、2作目合わせて11篇の短編のうち10篇の視点人物は成瀬以外だ。つまり「他の人から見た」成瀬が描かれているのだが、唯一そうではない作品「ときめき江州音頭」も印象深い。ここでは、これまで成瀬との対比において「凡人」として描かれてきた幼馴染の島崎みゆきが、成瀬にとっていかに大切な人なのか、成瀬自身の視点で描かれる。成瀬を取り巻く世界は実に優しい。「天下を取りに」「信じた道をいく」最強の主人公が生き生きと躍動できるのは、「普通の人々」の日々の当たり前の生活があってこそ、なのである。

ちなみにこの小説、その地元ネタ満載っぷりゆえに滋賀県民はさらに何倍も楽しめるらしい。成瀬の世界を堪能するためだけに、滋賀に生まれ育ちたかった、と真剣に思ってしまうほど、魅力に満ちた作品である。

『成瀬は天下を取りにいく』
『成瀬は信じた道をいく』
宮島未奈著 新潮社