『水道水の味を説明する』
まずは、この動画を見てほしい。
お笑い芸人の鈴木ジェロニモ(昨年のR1グランプリで準決勝まで進出した)の「説明する動画」のひとつだ。
上記の動画には「お笑い」の範疇を超えて、なんだか胸に響くものがあるーーと、私だけでなく多くの人が感じたのだろう。「説明する動画」は、書籍となり、つい最近出版されたのだ。モノクロームの端正な装丁。帯は谷川俊太郎で、解説は穂村弘。版元は短歌集や詩集で知られているナナロク社である。芸人の本、お笑いの本としてではなく、ただ真摯にことばと向き合うための本として、本書『水道水の味を説明する』は誕生したのである。
言葉で語れないものを、なんとか手持ちの言葉たちを駆使して表現し、誰かに伝えようとするーーそもそも言葉の役割とは、そういうものであったのではないか。そうであるならば、鈴木ジェロニモがやっていることは、まさに世界と言葉と人間をめぐる本質的な行為だと言える。
本書で著者が「説明」するのは、水道水の味のほか、一円玉の重さ、造花の匂い、まばたき、東京の部屋、そして、この本の厚さ、である。この説明の対象になるもののチョイスも絶妙だ。ありふれていながら、言葉で表現するのが難しい、それどころか誰もこれまで説明しようとも思わなかったものたち。選び方にすでにセンスがある。
著者の言葉は、いわゆる「あるあるネタ」のように「わかるー!」と共感するというものでもない。もっと心の深いところに響く。例えば水道水を「鏡の味」と、あるいは一円玉の重さを「風がぎりぎり関われない重さ」と「説明」されたとき、これまで思ってもみなかったことなのに、なぜか懐かしさのような感情が胸に響いて、グッときてしまうのだ。
本書の最後に収められた「この本の厚さ」の「説明」以外は動画としてYoutubeでも見られる。だから多くの人にとってはわざわざ買わなくてもいい本、かもしれない。しかし、端正な装丁、美しい書体で「説明」を読むのは、動画を視聴することとは確実に違う体験である(著者にこの違いを、「説明」してほしいところだ)。
加えて寄稿された穂村弘の文章からも大きな気付きがあり、何より本書は、書架に置きたい気持ちになる本なのだ。そして「おまけ(?)」として入っているポストカードに書かれた「猫の温度を説明する」言葉が実に素晴らしい。
買った人のお楽しみ、ということでここにその「説明」は記さないが、ちょうど今私の膝の上でまどろむ猫の体温を感じつつ、まさにそれ! としみじみ感動しているところだ。
『水道水の味を説明する』鈴木ジェロニモ著 ナナロク社