『時間に終わりはあるのか』
こどもと関わる仕事をしているので、こどもたちの過去と未来に、しょっちゅう思いを馳せることになる。けれど、同時にこう思う。過去はもう存在せず、ただの記憶。未来も存在せず、今、思い描いている予測でしかない。だとすれば、本当に存在しているのは「今」のこの一瞬だけではないのか――。
そんな問いを抱えつつ手に取ったのが、『時間に終わりはあるのか』だ。著者は英国の著名なサイエンスコミュニケーターのコリン・スチュアート。彼の他の著書同様に、難解なテーマを一般の読者にもとっつきやすい形で、イラストを交えながら解き明かしていく。
冒頭で著者は、聖アウグスティヌスの有名な言葉を引く。「時間とは何か。誰からも尋ねられなければ、私にはわかる。しかし説明しようとすれば、わからなくなる」。千六百年前のこの言葉に多くの現代人は共感することだろう。時間は、科学における最も根強い謎の一つであると同時に、人類の経験全体において最も長く生き延びてきた謎の一つなのだ、と著者は言う。
本書を読んでいて、もっとも興味深かったのは、「ブロック宇宙論」だ。アインシュタインの理論によれば、宇宙は空間と時間からなる巨大な一つの塊であり、すべての空間と時間はビッグバンで一度に生成された。新たに時空を生み出せる事象はもう存在しない。だとすれば、「未来が存在していない」ということはあり得ず、同じように「過去が消え去る」こともあり得ない。つまり、過去・現在・未来はすべて同時に存在しており、「現在」だけが現実だという思い込みのほうが間違っている。すべての物理学者が支持しているわけではないが、現時点で最も広く支持されている解釈なのだという。
これは、私が日々感じている「今しかない」という実感と、真っ向からぶつかる。私には現在だけが生々しく、過去も未来も手の届かないところにあるように思えるが、物理学は、その「今だけが特別だ」という感覚のほうこそ錯覚かもしれない、というのだ。
本書はこのほかにも、タイムトラベルは可能なのか、ブラックホールの特異点では時間が止まるのか、相対論と量子論をつなぐひも理論やループ量子重力理論は時間をどう描くのか、といったテーマを展開していく。どれも入門的な筆致でありながら、現代物理学が時間をどう捉えているのかを(ある程度)わかりやすく示してくれる。
本質的な意味で言えば、現代物理学を浮かび上がらせる「時間」をほとんど理解できていないのだが、少なくとも「過去」「現在」「未来」を当たり前のものとして安易に語るべきではないことはよくわかった。そして、「時間」の「わからなさ」にわくわくし、こどもたちの「今」をより深いところから考えるようになったように思う。
『時間に終わりはあるのか』(コリン・スチュアート著 田沢恭子訳、ハヤカワ新書)

