『刑務所の文章教室――言葉が心をほどくとき』

著者の大塚敦子は長く「人と動物の絆」を取材してきたが、その一方で、刑務所との縁も深い。初めて関わったのは、1996年、アメリカの女子刑務所で介助犬を訓練するプログラムを取材したときだったという。島根あさひ社会復帰促進センターでは、受刑者が盲導犬の子犬を育てるプログラムに立ち上げから関わってきた。そしてその参加者のその後を追ううちに、人生を立て直せた人には共通点があると気づく。自分の経験を「自分の言葉で」語れたことだ。

そこから著者は欧米の「心のライティング」を学び、2018年に刑務所で文章創作プログラムを始めた。本書『刑務所の文章教室』は、山口県の美祢社会復帰促進センターにある若い女性受刑者のユニットと、島根あさひの男性受刑者のクラスで行われた授業の記録である。

受刑者の多くは、虐待や貧困やいじめの中で育っている。「もし自分の正直な思いを言葉で表現できていたら、罪を犯すにはいたらなかったのではないかと思うような人たちに数多く出会ってきました」と著者は書く。周囲の大人に言葉を受けとめてもらえなかった子どもは、「どうせ言っても無駄だ」と黙るようになり、やがて助けを求めることもできなくなる、というのだ。

ワークは例えばこんな感じだ。授業の冒頭ではいまの気持ちを色や天気にたとえる。貝殻を一つ選び、観察して書く。ハギレを一枚選び、その布の服を着ている人を想像して人物を作る。苦手な人を動物や家具にたとえたあと、「その人から見たあなたは?」と逆から書く。絵本を朗読したあと、筋を考えずに10分で物語を書く。谷川俊太郎や工藤直子の詩から一行を借りて、7分で自分の詩を書く。どれも、まっすぐ「あなたの気持ちは?」と聞かれたら答えられない人が、たとえ話や物語の形を借りて自分を語るための仕掛けだ。

文字のない絵本『アンジュール』を使った回では、車から投げ捨てられた犬のセリフを各自が考える。サメさんという20代の受講生の犬は「テメエまちやがれ この俺様を投げ捨てやがったな」。同じ場面で、Kさんの犬はこう言う。「おいていかないで、待ってぇ~」「何か悪いことした?」「きっと良い子にしてたら迎えにきてくれるはず 待つぞ」「ごめんなさい 良い子にしないと」。Kさんは母親から暴力を受け、言うとおりにしないと裸で家の外に出されたり、食事を抜かれたりして育ち、10代で自殺を図った人だ。著者は「『良い子』という言葉が繰り返されているのが切なくてたまりません」と書く。一方、怒っていたサメさんの犬は、空に向かって遠吠えする場面で「これが自由か……」「自由ってこんなにさみしいものなの?」とつぶやき、少年が近づいてくると「そっか 俺逃げたくないんだ」と言う。

ひゃんさんは母親から「あんたは何もできない」と罵倒され、髪をつかんで引きずりまわされて育ち、19歳で家出した。愛についての詩を書く宿題で、彼女はこう書いた。「誰かを愛するとき、私は自信がない。/今まで誰かに愛されたことも愛したこともないから。/だから誰かを愛する練習をいつもする。/あいしてる、あいしてる、あいしてる。/これはうそのあいしてる。/いつかうそが本当になることを信じて、今日もいう」。

本当の気持ちを書くことは、気持ちを楽にしてくれるとは限らない。起立筋さんは苦手な相手を「テレビ」、自分を「小さな椅子」にたとえて物語を書いた。椅子は最後にあっけなく捨てられる。その物語を共有する日、彼女は「どうしても受け入れられなくて……」と涙で言葉に詰まった。著者はこう返す。「必ずしも受け入れることができなくてもいいんですよ。受け入れられないんだなとわかったのも大事なことです」。書いても整理がつくとは限らない。それでも、自分がまだ受け入れられずにいることは、書いてみてはじめて分かるのだ。

うまく書こうとしない、正直に書く。そしてそれを読み返すことで、自分の本当の気持ちに気づく。そんな体験の価値は、塀の内側でも外側でも変わらない。巻末には「一人でできる文章創作エクササイズ」が付いているので、読了後、ぜひトライしてみてほしい。

大塚敦子著 紀伊國屋書店