第19回 熱狂のインドへ(その2)

インドに到着して最初に会ったのは、バンガロールで最も有名な和食レストランのマダムだった。この1件だけ約束を取り付けておいて、あとはサイコロを転がす。出た目に応じて、取材の網を広げていく。

レストランで食事をしながら、まずは日本人のキーパーソンを何人か紹介してもらった。和食レストランは、日本人コミュニティの扇の要みたいなものなので、マダムの紹介とあれば誰でも会ってくれる。

マダムは、縁あってバンガロールでは有名なIT企業経営者(インド人)と結婚し、海を渡ってきたのだという。夫には先立たれたが、その人脈はそっくりマダムに引き継がれ、したがって日本人でありながら現地の大物経営者との親交も広く、深い。

バンガロールは、インド経済におけるIT産業の中核地だが、日本企業で最大勢力を誇っていたのは、富士通やNECではなくトヨタだった。

当時、日本人駐在員がバンガロールに600人くらいいたのかな?このあたりはウロ覚えであるが、トヨタ関係で半数以上を占めていたのは間違いない。

というのも、どんな伝手を使ったのかは忘れたが、早々にバンガロール日本人会の名簿を手に入れたので、トヨタグループがズラッと並んでいたことは確かに記憶にあるからだ。

あの名簿は、日本人の女の子(バンガロール在住の留学生)から貰ったのだったかなぁ。しかし、その女の子とどういうつながりで知り合ったのかも今となっては覚えていない。

名簿なので、名前や肩書だけでなく住所、連絡先も記されている。取材を申し込むにあたって、これがイエローページのように役に立った。こういう搦め手もあるんですよ、海外取材には。

話を元に戻すと、バンガロールには自動車産業に必要不可欠な部品供給メーカーなどの集積はない。そのためトヨタはデンソー、アイシン精機といったグループ企業勢揃いで進出したので、いきおい駐在員も多くなる理屈だ。

現地では、日本企業の取材から始めて、現地企業へと潜り込んでいく。したがって、優秀な通訳はどうしても必要だ。イギリスの植民地だったから英語はひととおり通じるが、筆者は英語すらダメで、ましてヒンディー語ともなると完全にお手上げである。

マダムに通訳の人選もお願いした。紹介してもらったのは、でっぷりと太った50歳がらみのオバハンである。

挨拶して驚きましたね。大阪弁なんだもん(笑)。「なんでやねん」とか、インド人が言うと妙に可笑しい。

旦那さん(インド人)の転勤で大阪に3年ほど暮らしていたのだという。このオバハンとは2週間のあいだ毎日のように10時間以上も共にすることになったのだが、性格がサバサバしているので気は遣わなくていいし、世間話で聞いた現地情報はそのまま記事になりそうだし、で随分と役に立ってくれた。

1~2時間のインタビューならともかく、2週間のロングランともなると、語学力だけあればいいというわけにもいかない。現地ルポの仕上がりについて、通訳の人選は非常に重要なのである。インドでは良い通訳に恵まれたな、と今でも思っている。

会ったその日のオバハンとの会話で忘れられない話をひとつ。

「ヒンディー語で”How much?”は何て言うの?」と訊いたら、オバハンがケタケタ笑い始めた。

「何が可笑しいの?」

「いやな、どうでもええんやけど、あんた”いくら?”って訊いて、返ってくる答えがわかるんかいな」

そのとおりである(笑)。

まずは、トヨタの工場に行った。取材相手は日本人なので、オバハンはついてこなくてもいいのだが、通訳が必要なインタビューだけ待ち合わせるのもお互い面倒くさい。道々の話し相手にもなるし、ずっと同行してもらうことにしたのだ。

「勘定、(フルアテンドでも)同じでええで」とか言うしね。

トヨタの工場では労働争議があったりして苦労はしている様子だったが、現地社長との会話はなかなか印象的だった。

バンガロールでは、タクシーはすべてバイクタクシーである(2005年当時)。1台のバイクタクシーに子供が10人以上も鈴なりになっている曲芸団もどきの写真をご覧になったことはありませんか?。あれです。

「このバイクタクシーがね、みんなクルマに置き換わったら、すごいマーケットになると思うんですよね」

と現地社長。これまたウロ覚えになるが、トヨタ生産方式の「同時にベルトコンベアーに載せられる理論上の台数」というのがあるのだそうで、この数値が最大限になるまで生産性は向上し続けるわけだ。

たとえば、理論上は100台載せられると仮定しよう。すると、バンガロールでは「80台以上の水準には上がってきました」とのこと。海外工場では「まあまあ」のレベルだという。

ちなみに、日本国内の工場だと何台くらい載るんですか。と尋ねたところ、「ああ、それは100台載ります」と平然とおっしゃって、すごいなトヨタと思いましたね。

オバハンはひとりで工場の中をぶらぶら見学していて、とても楽しそうだった。気持ちはわかる。工場って、どんなもんをつくっていても見ていて楽しいよね。

と、ここまでで今月の切れ目となってしまった。3回じゃ終わらないこともはっきりした(苦笑)。次回からは「熱狂」のスピードをグンと加速させていきます。乞う、ご期待!