第23回 熱狂のインドへ(最終回)

インドといえばヒンドゥー教、ヒンドゥー教といえば「牛肉」はご法度である。牛の殺生は固く禁じられているから、首都のデリーにすら「野良牛」がうろうろしていて、交通渋滞の原因になっている。

一方で、インドには1億8000万人のイスラム教徒もいるので、そこかしこにモスク(礼拝の施設)の尖塔が見られる。イスラム教では「豚肉」を食べることが禁じられているが、牛肉はオーケーだ。したがって、市場に出かければ牛肉も売っている。

しかも、ヒンドゥー教徒が絶対に牛肉を食べないのかというと、実はそんなこともない。

バンガロールはITの集積都市なので、日本への留学・転勤体験があるインド人が山ほどいる。彼らをつかまえては片っ端から聞いてみた。

「日本で食べたもののなかで、いちばん美味しかったのは何か」

判で押したように同じ答えが返ってきたものだ。

「スキヤキ!」

最初は驚いた。すき焼きは牛肉ではないか。牛肉食べていいの?

判で押したように同じ答えが返ってきたものだ。

「日本の牛は神聖なものではない(not sacred)。ダイジョーブね。スキヤキ、おいしいよー」だそうで。

しかし、そんな彼らもインドに帰ればスキヤキなど食べない。和牛でも食べない。「not sacred」は単なる屁理屈でしかないことがよく分かる(笑)。

こういう「(屁)理屈」は、インド人のひとつの特質ではないかと思う。

あくまで私見であり、一般論ではあるが、中国と比較してみよう。

中国人は「嘘をつく」。したがって、ビジネス相手・パートナーとしては全面的に信頼できにくい(繰り返しになるが、あくまで私見であり、一般論である)。

インド人は嘘はつかない。国民性に加えて、イギリスの植民地だった影響もあるせいか、「契約」は必ず守る。

しかし、契約書に書かれていない「穴」は容赦なく突いてくる。(屁)理屈が達者なので、中国人とは違った意味でビジネス面では油断のならない対手だ。

閑話休題。

インド人は「2桁の九九を教わる」という話を聞いていたので、これまた会う人ことごとくに訊いてみた。

2桁だから最大で「99×99」ということになる。99×99はさすがに皆無だったが、11×15とか13×17ならできるって御仁は少なからずいるのですね。

記憶力に秀でているのだろう。

記憶力といえば、インドで取材していて笑ってしまったことがあった。かかってきた携帯電話に応答すると、第一声が「フー・アー・ユー」なのである(笑)

かけてきた/おまえが言うな/フー・アー・ユー

インド駐在が長い商社マンがひねり出したビジネス川柳だが、本当である。みんながみんなフー・アー・ユーと言う。

そのココロが、記憶力なのだ。10桁くらいの数字なら直感的に記憶できるから、電話などはソラでかける。ところが、間違うことも多いので、最初に「フー・アー・ユー」で確認するのだそうな。

2週間の取材を経てインド各地に散らばっていた記者がデリーに集結し、最終日には打ち揃ってタージ・マハルに出かけた。

ここまで来て、天下の世界遺産を見ないで帰る手はない。

クルマで片道7~8時間もかかったろうか。道端には路上生活者のテントが並んでいる。タージ・マハルまでの道中、ずーっと人・人・人である。

日本はもちろん、中国だって都市部からクルマで3~4時間も走れば「人里離れた」ということになるが、インドでは離れないんだな。

現地の有力政治家、財界人が口を揃えて「インド20億人」と言っていたことを思い出した。

中国の「白髪三千丈」的な誇張表現だと受け止めていたが、文字通り「20億人」いるのかもしれないな。

近い未来にインドの人口は中国を抜いて世界一になることは確実だが、実はすでに世界一ではないのか。

人口は、イコール経済力である。インドが中国、日本を抜いて世界有数の経済大国にのし上がるのは時間の問題だ。

そのインドの手かせ足かせになっているのが「カースト制度」である。

カーストによる身分不平等が、経済成長の制約要因になっているのは間違いない。

しかし、一方では「インド20億人」を1つの国としてつなぎ止めているのもカースト制度なのだと思う。

カースト制度なかりせば、インドはとっくの昔に分裂しているだろう。

北インドと南インドでは言葉も通じないし、日本では想像もつかないくらい貧富の格差も大きい国だ。

身分不平等とは言いながら、選挙権は誰にでもあるので、いきおい政府は貧困対策に多大な予算を割くことになる。

これが、富裕層には納得できない。バンガロールはとりわけ富裕層が多い地域なので、「空港がお粗末過ぎる」「雨が降るとすぐに道路が水浸しになる」「しょっちゅう停電する」といった不満をよく聞いた。

貧困対策よりインフラ整備にカネを回せ」というわけだ。

カーストがなくなれば、こうした貧困格差、貧富対立は、国を分かつほどの社会問題にまで発展するだろう。

あちらを立てればこちらが立たず、ではないが、いずれにせよインドの急成長は間違いのないところだ。

そのわりに日本人がインドに寄せる関心はいまだ薄いようにも思える。一度は行ってみるといいですよ。大仰に言えば、人生観が変わります。

そういうわけで、あちらこちらに寄り道してきたインド取材紀行もこれにておしまい。次は何を書こうかなぁ。