第26回 週刊誌記者とタクシー(後編)

前回に続いて、「タクシー」の話である。タクシーと言えば、やはり1980年代後半が思い出されますな。バブル経済の好景気で、とにかく空車がつかまらなかった。

暮れの金曜日、六本木で呑んでいて、終電を逃してしまった。しょうことないので午前3時までバーに居続け、全日空ホテル(現・ANAインターコンチネンタルホテル)まで歩き、始発が走り出すまで待ち続けたのに、タクシーが来なかった。ということもあった。

間違いなく歩いたほうが早かったが、なにしろ真冬の寒さである。酔いも冷めて、すっかり気力が挫かれてしまっていた。

当時は、クレジットカード払いができるタクシーなどはないので、社用の「タクシーチケット」が歓迎されたものだ。現金払いだと、無銭乗車やらお金が足りないといったトラブルが付き物である。なにしろ客はみんな酔っぱらいだから油断はならない。

そこで、「名刺」を振りかざし、タクシーチケットに見せかけて、空車を停めるということもよくやった。ちょうど同じくらいのサイズなので、運転手が見間違うのである(笑)。

週刊誌記者をやっていた20年あまり、兎にも角にもタクシーにはよく乗った。取材も深夜帰宅も、すべてタクシーである。月50万円は使っていただろう、という話は前回にも書いた通りである。

このくらいタクシーに乗っていると、ちょくちょく変わった運転手に出くわす。

いちばん驚かされたのは、クルマに乗り込むなり「お兄さん、ひょっとして懐にチャカ呑んでますかい?」と訊かれたときのことである。

「チャカを呑んでいる」というのは、人によっては日本語としても通用しないだろう。硬い言葉でいえば、「拳銃を隠し持っている」というほどの意味である。

好きで好きで繰り返し見た映画が「仁義なき戦い」、ヤクザの広報誌とも言われていた「実話時代」が愛読誌である筆者には、もちろんピンときたのだが、いきなり「懐にチャカ」と来るとはね。

「チャカなんて持ってないけど、どうしてまた?」と尋ねてみた。

「いやね、お兄さんの姿が、心持ち右に傾いているような気がしたもんでね。チャカは意外に重いから、呑んでる側に傾くんですよ。見る奴が見れば、すぐ分かる」

見る奴が見れば、って(笑)。さらに突っ込んで聞いてみたら、本筋の元ヤクザだという。

「こないだ破門喰ってね、こっち(タクシー)に転職したんですわ」

取材の途中でタクシーに乗ってる時には、滅多なことでは運転手と世間話などはしない。取材でうんざりするくらい話をしなけりゃならないので、タクシーにまで「口が回らない」のである。

しかし、この時ばかりは嬉しくなってしまい、根掘り葉掘り「その筋」の裏話を聞いてしまった。また、この元ヤクザが妙に話好きで、ハンドルから手を離しながら身振り手振りで解説してくれるのだ。

「チャカもいいんだけどね、”出入り”(喧嘩)で使うなら、どうしたって”ヤッパ”(短刀)ですわ」

拳銃はよほどに慣れていないと、なかなか喧嘩相手には弾が当たらない。下手をすると、自分の足を撃ち抜いてしまったりする。

短刀なら、両手でぐいっと腰に固定し、身体ごと相手にぶつかっていけば、必ず「殺(と)れる」。と、まぁこんな調子である。

破門状には、「黒字」と「赤字」があることも初めて知った。

黒字で書かれていれば、「再就職」可能なのだという。赤字は、他の組織はいっさい「お構いなく」という意味で、完全に足を洗うしかない。

「あたしは”黒字”なんでね。また稼業に戻ることもあるかもしれないねぇ」

と言っていたが、今ごろはどうしているだろうか(笑)。

カラオケタクシーってのもあった。クルマに乗って5~6分もたったころだろうか。それまで黙りこくっていた運転手が、やおらマイクを差し出してくるのである。にゅ~っと。

「1曲どうですか、お客さん?」

今も昔もカラオケ嫌いなので、断わった。ところが、しつこいのである。なかなか引き下がらない。ついには、勝手にカラオケ(何の曲だったか、忘れてしまったが)を流し始めた。

これがまた熱心に勧めてくるだけのことはあって、車中とは思えないほど音響システムがいい。

「100万円かかってますからね!」

断わるのもいいかげん面倒臭くなったので、「運転手さんが歌えば?」と水を向けてみた。まさかと思ったら、片手でマイクを握って(何の曲だったか、忘れてしまったが)歌い始めたから、何をかいわんやだ。

このカラオケタクシーには偶然の行き合わせで3度乗る羽目になった。

こちらは、もちろん覚えているが、運転手は忘れてしまっている。3度同じやり取りを繰り返し、運転手は3度歌うことになった。頼むから、ハンドルから手は離さないでほしい。

「記憶フェチ」もいたなぁ。

クルマに乗り込むなり、運転手が名刺を渡してくるのである。表には名前だけが書かれており、裏を返すと「私が記憶していること」の一覧がずらずらと書かれている。歴代天皇とか歴代アメリカ大統領とか、なんとかかんとかで7つ8つくらいはあっただろうか。

先ずは、歴代天皇を初代から今上(当時は昭和だった)までずらずらと言い立て、こう来るのである。

「第何代でもいいから、言ってみてください。当てますから」

「興味ありませんから」と言って断わるのだが、カラオケと同じく食い下がってくる。ほんと、面倒臭いことといったらない。

しょうがないから、「じゃあ、第18代は?」と聞けば、間髪を入れずに「反正!」と返ってくる。子供のように嬉々としている。「客を喜ばせる」ならともかく、「客が喜ばせる」のだから話にならない。

「天皇の名前でもいいですよ。第何代って答えますから!」

早く目的地に着かないかなと思いつつ、「じゃあ、推古天皇は?」。「第33代!」。これで、何が楽しいのだろうか。

そもそも、第18代が反正天皇とか、推古天皇が第33代とか、普通は知らないものである。正しいのか、間違っているのか。それすらも分からないという(笑)。

こういう話を書き出すと、勢いが止まらなくなってしまう。

運転手とケンカになった話や、女性運転手から誘惑された話とか、あれやこれや書いてはいけないことまで飛び出してしまいそうなので、このあたりで筆を擱くことにしよう。

それでは、読者の皆様にはよいお年を。新しい年もよろしくお付き合いください。