第32回 徹夜明けの「サウナ」と「鉄人28号」の記憶
首都圏でも緊急事態宣言が解除された。されてもされなくても、日常の暮らしぶりにさほど変わりもないのだが、落語の寄席と呑み屋が開けていないことだけは、どうにかならないものかと思いましたね。
落語も聴けない、外ではろくに酒も呑めない。で、しょうがないから銭湯のハシゴをすることにした。そもそも、銭湯巡りは趣味みたいなもので、すでに東京都内では400を超える銭湯に行っている。常日頃は、ちょっと足を延ばしにくい場所を選んで、日に3、4店も回ったりした。
銭湯なんて、クラスター感染の地雷原みたいなものだが、全面休業に踏み切ったところはほとんどない。「公衆浴場」という名前は伊達でなく、いまだに地域インフラなんですな。おおむね営業時間短縮、サウナは休止(今どきの銭湯には、たいていサウナがある)という線で営業を続けたのは、まことに立派なことである。
事務所で朝酒をやって、ほろ酔い加減で湯船に浸かる(良い子は決して真似をしないでください)。コロナの憂さがほろほろ剥がれ落ちる。実に気分爽快だ。
現役のビジネス週刊誌記者時代、締切を守れた試しがなかった。ということを、だいぶ前に書いた。
徹夜で原稿を書き上げて、さて自宅に帰ろうか。となっても、実際には面倒くさくて帰らない。なんとなれば、午後一番にはゲラ(校正刷り)にアカを入れなければならないからだ。赤字のボールペンで修正を加えるわけですな。
自宅と会社の往復時間、風呂に入って仮眠を取る時間などを考えると、どうにも中途半端で帰るのが億劫になってしまうのだ。
そんなとき、どうするかというと、築地市場の「龍寿司」、洋食屋の「豊ちゃん」、定食屋の「小田保」、カレー屋の「中栄」あたりで軽く一杯やって、サウナに行くのである。
当時働いていた会社は、最寄り駅で言えば霞ヶ関、虎ノ門にあった。早朝から営業している築地は、タクシーを飛ばせば指呼の間である。
新入社員の頃には、虎ノ門と新橋のちょうど中間あたりにサウナがあって、ここを愛用していた。NTT社長になる直前の児島仁さんなど、酒豪で鳴らす財界人もよく来てましたね。みんな二日酔いだったのだろう(笑)
歩いていけるくらい近いところにあったので重宝したのだが、なにしろ汚い・暗いので閉口した記憶がある。
そこで、オープンして間もない東京全日空ホテル(現ANAインターコンチネンタルホテル東京)に鞍替えすることになった。赤坂からも六本木からも外れにあって足の便がいいとはいえなかったが、築地で朝酒呑んでタクシーで10分もかからない。
新しいので清潔感があるし、ここの休憩室で仮眠していると、居心地がいいものだから、よく寝過ごしたものだ。ちなみに、「全日空」(いまだに、ついこう言ってしまう)には、もうサウナはない。今では利用する必要もないけれど、ちょっと残念な気もする。
マッサージのお姉さんが身体を弓なりにして、客の背中を膝で押していたのが印象的だった。小柄でスレンダーなものだから、全体重をかけないと効果的な圧力を加えられないのだ。
そのお姉さんのアクロバティックが見たいだけのために、他のおばはんにマッサージを頼んだりしたものである。自分が受ける側に回ると、見られないからね(笑)
サウナの話で思い出すのは、某大手銀行の広報部担当者のことだ。2人がコンビになっていて、ひそかに「鉄人28号」と呼んでいた。
なんとなれば、この2人は各社の記者を誘って、毎晩のように呑む。18時ごろからメシを喰い、二次会、三次会に流れる。
日付が変わってからが本番で、さらに四次会、五次会が始まる。仕事がハネたホステスも合流して、だんだん人数が増えていく。
最後は、「行きつけ」の高級中華料理屋に転がり込み、総勢10人くらいでまたメシを食う。と言っても、われわれはもう酒しか腹に入らない。もっぱら食うのはホステスだ。
近くのテーブルでは、株屋や不動産屋がホステスを引き連れ、もっぱら金儲けの話に熱中している。話の中身もさることながら、ほったらかしにされたホステスがつまらなさそうに名物の鶏そばをつつく様を観察するのもまた一興だった。
朝の4~5時にお開き。鉄人28号コンビは、ちゃんと家に帰る。そして、勤め先が銀行だからして、8時にはちゃんと職場の机に座っているのである。彼らは広報部在籍中、毎晩欠かさずこの日課をこなした。鉄人の「鉄人」たる所以だ。
よく身体が保つものだと思って、あるとき秘訣を聞いてみたことがある。会社までは這っていき、出社したという事実だけを見せるやいなや、サウナに直行するのだそうだ。それで、夕方まで寝て夜になると、、、(以下、繰り返し)。
もう30年前の話になるが、彼らとはずっと付き合っている。1人は頭取になったし、もう1人も専務取締役まで出世した。2人とも酒は少し弱くなったが、普通人の基準からすれば、相変わらずの「鉄人」である。
頭取になった鉄人は、今では最上のニュースソースである。頼みごとをして断わられることは、まずない。
こっちは向こうさんの弱み(昔の「悪事」ですな)をたっぷり握っているし、向こうさんにしてみれば「30年前から付き合っている記者は、あんただけになっちゃったよ」と気安くしてくれる。
こういう付き合い方は、「新聞記者」にはできないらしい。「雑誌記者」ならではのものだろうと思う。
閑話休題。
話をちょっと戻そう。築地場内にはいくつも寿司屋があったが、なんといっても「龍寿司」に尽きると主張したい(豊洲移転で様変わりしているだろうけれど)。
味なんか、どこも似たようなものなのだ。正直言って。それなら行列店は避けるに如くはない。行列までして店に入っても、ゆっくり酒も呑めないのでは意味がないではないか。
繰り返しになるが、「小田保」という定食屋が築地場内にあった。ここにも早朝によく行ったものだが、人気の寿司屋にはさまれるかたちで、行列が両脇にできている。この店だけが取り残されたように空いている(といっても、客の出入りはかなりある。寿司屋の行列で目立たないだけなのだが)。
行列を横目に見ながら、本当に並ぶべきは寿司屋ではなく小田保ではないかと、よく思ったものだ。この家のカキバター、チャーシューエッグはうまかった。ビール、日本酒がぐいぐい進んで、困ったものである。
なんだか築地グルメガイドみたいな話になってきた。まぐろ寿司の「瀬川」などなど、まだまだ書きたいネタは尽きないのであるが、今回はこのあたりでお開きとしましょうか。また次回にお目にかかりましょう!