「今のカミさんを初めてデートに誘った日な、俺はパトカーで警察署に連行されたんだよ」

とある高級料亭の個室で、とある大企業の社長が、よく冷えた日本酒を手酌でコップに注ぎながら、問わず語りに切り出した。

「カミさんと2人で山手線に乗っていたら、新宿で酔っぱらいが割り込んできて、彼女にちょっかいを出してきたんだ。頭に血が昇っちゃって、すぐに取っ組み合いよ」

「俺も喧嘩は強かったけど、そいつも負けてなくてなぁ。恵比寿から目黒まで、ずっと殴り合い。2人とも目黒で駅員に引きずり降ろされて、そのままパトカーに乗せられちゃった。彼女の目の前で」

恵比寿と目黒はお隣だが、2~3分はかかる。ボクシングの1ラウンドに相当する時間、本気で殴り合いを続けるのは、口で言うほど簡単なことではない。やってみれば、わかる。すぐに息が上がってヘタってしまう。この社長さん、大変な「武闘派」だ。

「心配そうに見送る彼女の視線が、今でも忘れられなくてなぁ。ああ、最初からぶちこわしにしちまった。これはもうダメだろうと思ったら、”放っておけない”って言われて、付き合いが始まったってわけよ」

いい話だなぁと思ったので(見方によっては、とんでもない話なのかもしれないけど)、こちらの「秘話」も披露することになった。

「パトカーで思い出したんですけどね。わたしも学生時代、そのころ付き合っていた彼女のマンションからパトカーで警察署に連れていかれたことがあるんですよ」

彼女が住んでいたのは「女子学生会館」だった。文字通り女子学生しかいない、男子禁制のマンションである。

男子禁制なら親御さんも安心だろうという考えは甘い。入居している女子大生がメインエントランスの鍵を開ければ、簡単にオトコを部屋に連れ込めるからだ。途中で他の入居者に見つかったりすると気まずいことになるが、そこは「お互いさま」。見ても見られても見ぬふりをするのが「作法」というものである。

その日は、バレンタインデーだった。「チョコレートの材料を買いに行ってくるから、ちょっと待ってて」という彼女の言葉をよく憶えている。

「エアコンであったかくて気持ちいいもんだから素っ裸のままベッドでうとうとしていたんですよ。すると、玄関の扉をコンコンたたく音がする。出ていくわけにもいかないから無視したんだけど、ふっと目を開けると見知らぬ女性がわたしを見下ろしていてね。泣いてるのか笑っているのかわからない表情で凍りついているわけだ」

その女性は、いわゆる「寮監」(管理人)だった。扉が半開きになっているので確認したところ応答がないので、気になって部屋に入ってきたらしい。

「もうなんなのこれはなんなの!
知らないもう知らない!
パンツくらいはきなさいよ!」

取り乱した寮監嬢は、すぐさま受話器を取り上げて、こちらが止める暇もなく110番した。駆けつけた警察官に腰縄をつけられて、そのままパトカーに乗せられたという次第ーー。

「ちょっと待て」と社長が言う。「腰縄の話は、今、つくっただろう?」

「つくりました。でもね、静かな住宅地にパトカーが来たもんで、近所から野次馬が集まってきて、ちょっとした騒ぎでしたよ」

寮監嬢は、あるいは「変質者」と思ったのかもしれない。だが、いくらなんでも不法侵入してベッドの上で素っ裸で寝ている間抜けはいない。普通に考えれば、入居者の「ボーイフレンド」ということになるだろう。警察も通報を受けた手前、致し方なく連行した感じで、どちらかというと「犯人」ではなく「被害者」扱いである(笑)。

簡単に事情を聴かれたあとは、会議室みたいなところに放っておかれた。刑事が入れ替わり立ち替わりやってきて、ニヤニヤしながら聞いてくる。なんだおまえ、なにやらかしたんだ。どうでもいいけど、付き合っている女がいるんだろ? 身元引き受けに来るまで、悪いけどここに居てもらうからな、って。

★★★

「取材先の社長と差し向かいで呑むことになったんですけど、どんな話をすればいいんでしょう?。初めてなもんで勝手がわからなくて」

ある時、後輩の記者に聞かれたので、「俺はこんな話をしているよ」。というのが、以上の酒席におけるやり取りである。

後輩はハッキリと呆れた表情を浮かべながら、「そんなどうでもいい話でいいんですか」と言った。どうでもいい話だからこそ、いいのである。どうでもいい話をできる間柄になるのが重要なのだ。ある程度の信頼関係が前提になければ、こんな「どうでもいい話」はそうそうできるもんじゃない。

と本気で説明したのだが、わかったようなわからないような顔をしながら、こう打ち返してきた。「でも、今のは嘘ですよね。その社長さんじゃないけど、つくった話でしょう?」。どうやら、何もかもがデッチ上げだと思ったらしい。社長の打ち明け話も、女子学生会館の話も。

これを即興でつくれるくらいなら、週刊誌記者になどなってはいない。はなっから小説を書いていただろう。

てなことを、つい最近、問題の女子学生会館を通りかかったところで思い出した。何十年ぶりだろう。どうやら廃業したらしく、新しいマンションに建て替わっていたので、しばらくはそれと気づかなかった。「武闘派」で鳴らした社長さんも、とうの昔にこの世の人ではない。

年を取ることはいいことだと思っている。若いころに戻りたいとは全く思わない。だからこそ、思い出話にはどこか淋しい影がつきまとう。生きている時間が長くなるほど、その影も少しずつ大きくなっていく。そんなことを感じながら、昔の話を書き続けています。次回もよろしくご愛顧のほどを。