書店でも平積みになっていることが多いので、『LISTEN』という金色の文字が輝くこの本を見たことがある人も多いかもしれない。「聴く」という地味なテーマにもかかわらず、よく売れていて増刷もかかっているそうだ。そして内容も素晴らしい。500ページ近くある良質な本が売れていることは、本当に喜ばしいことである。

さて、そんな本の内容に入る前に、まず、ぼくがいま携わっている子どもの教育や野外体験について、書かせてほしい。

以前、このメルマガでも井本陽久という教育者を紹介した( https://www.ilii.jp/ili-zine/book/20190521-2.html )。彼は今、一緒に、教育や野外体験を行う仕事上のパートナーでもある。
その彼が授業のときにいつも気にかけているのは、正解不正解ではなく、「今、子どもが自分で考えているかどうか」だ。そして「生徒が自分で考える授業」のなかで、自分は子どもたちを「ぷるっとさせたい」のだという。

ぷるっとさせるーーこれはなかなか伝わりにくい表現なのだが、私はそれを「その子のなかで『何か素敵なこと』がおきた状態」だと考えている。

子どもが「何か素敵なこと」を思いつくと、そのとき、必ず、体のどこかに反応が出る。目がきらっとするとか、口角が上がるとか、軽く飛び跳ねるとか、小さく声をあげるとか、赤ん坊のような無防備な表情になるとか、無心で何かを始めるとかーーー。

そして、その瞬間に気づき、ささやかな反応を返すーー例えば、軽く目配せをするとか、頷くとか、ニヤリと笑うとかーーが、子どもと一緒にいる大人の役割だと考えている。「僕は君にすごく興味があって、君のその心の動きを分かち合いたい」ということを、ごくごく控えめな態度で伝えるのだ。

それを私はずっと「子ども『観る』こと」と表現してきたのだが、驚いたことに、本書『LISTEN』では、ほぼまったく同じことを、「聴く」と表現していたのだ。

よく「聴く」とは、相手の頭と心の中で、何が起きているのかをわかろうとすること。そして「あなたを気にかけているよ」と行動で示すことです。(『LISTEN』 86ページ)

「観ること」と「聴くこと」。それで思い出したのは、マガーク効果という現象だ。「バ、バ、バ」と言っている声を、「ヴァ、ヴァ、ヴァ」と下唇を噛んで発音している唇の映像に重ねると、「バ」が「ヴァ」に聞こえる。また「ガ、ガ、ガ」と言っている唇の動きの映像に「バ、バ、バ」という音を重なると、多くの人は「ダ、ダ、ダ」と言っているように聞こえる(実際の映像は、https://www.youtube.com/watch?v=PWGeUztTkRAなど、youtubeにいくつかあがっている)。

「聴く」ことは、実は視覚にも左右される。人は、視聴覚を統合して受容しているのだ。相手の話を聴くというのは、相手が発する音から意味を読み取り、脳でそれを理解することだけではなく、その表情や視線、体の動き、声の響きなどをすべて感じることでもある。相手が近くにいれば、その体温や匂いも感じ、「聴く」ことに影響を与えているのだろう。視聴覚、さらには嗅覚や触覚など、さまざまな感覚を動員して、自分が興味を持つ相手を受け入れることを、本書では「聴く」と呼び、私は「観る」と呼んでいるのである。

一方、人が話すとき、その人は聴いていない。観ることも感じることもおろそかになる。自らの意見や考えを相手にぶつけることに夢中になっているとき、相手を受容する感覚は閉じてしまっている。誰もが自分の言葉を発して意見表明することが重視されている今の時代こそ、聴くことの価値はいっそう重いものとなっていくはずだ。

このような認識を持てただけでも本書を読んで良かったと思う。本書の3章までにかかれた上記のような内容は、自分がやろうと心がけていたことを、本書がより明確に意識させてくれ、また、追認してくれたのだ。

ここまでは3章までの内容だ。そして、4章で私は打ちのめされる。この章は夫婦など親しい仲での「聴くこと」を扱っているのだが、冒頭にこんな会話が載っている。

「ちゃんと話を聞いて!」
「最後まで言わせて!」
「私、そんなこと言っていない!」

まさに我が家で妻と私が繰り広げる会話だ。読み進めるほどに、自分がまったく「聴く」ことができていないことが浮き彫りになり、自分が尊大な「マンスプレイニング魔」になりかねないことに私はショックを受けることになる。

実は、本書のすごさは、私のように「自分は人の話を聞くことができている」という人たちの自信を打ち砕き、今一度、謙虚に「聴く」ことに思いを馳せ、実際の行動を促すことができるところにこそある。なにしろ、原題は「You’re Not Listening=あなたは聴いていない」である。多くの読者は、自分が相手の話を聴けていない、すなわち「相手を受容していない」という指摘を、数百ページにわたってこれでもか、というほどされ続け、自省に至るのだ。

さてさて、本書はこの先もとびきり面白く、紹介したい箇所がたくさんあるのだが、文字数の関係で、その先については次号に譲る(なにしろ18章まであるのだ)。しかし、そんな厳しい指摘を受けてしまうにもかかわらず、本書は最高に楽しい本であることだけは強調しておきたい。加えて言えば、翻訳の質がよく、非常に読みやすい。厚さに怖気づかず、ぜひ読んでみてほしい。

『LISTEN』(ケイト・マーフィ著 篠田真貴子監訳 松丸さとみ翻訳 日経BP/2200円+税