第66回 記者も楽しい「密着取材」の醍醐味、東京の下町で実感した「信用組合」の真骨頂

週刊誌の「取材」にも、いろいろある。

多くは、特定のテーマに沿って、それに詳しい関係者に話を聞く、というものだ。最近のトピックスで一例を挙げれば、「世界金融危機」あたりだろう。

FRBの金融引き締めに端を発するシリコンバレー銀行の破綻、それが欧州に飛び火してクレディ・スイス経営危機となり、では日本のメガバンクひいては地銀への影響はどうか? といったテーマについて、日本銀行・金融庁・メガバンク・アナリストといった面々に取材して記事を出す。

人脈がだんだん出来上がってくるにつれて、取材も「御用聞き」に近いものになってくる。特定のテーマはなく、「なにか最近変わったこと・面白いことってないですか?」的なアプローチでネタを拾っていくことが多い。

マンツーマンのインタビュー取材もあれば、対談・鼎談~「鼎」(かなえ)が三本足の器であることから三人の座談会を指す~、より大人数の座談会のアレンジメントなども取材といえば取材である。

「密着取材」というのもある。これは文字通り特定のキーパーソンに密着することによって、その事業なり企業なりの本質を浮き彫りにしていくものだ。

ユニクロやアマゾンあたりにアルバイトの職を得て、1年2年と潜入することでブラックぶりを暴露するような密着取材もあるが、週刊誌の場合はそこまで手間ひまをかけていられない。多くは「1日」ということになる。

これがね、難しいのですよ。

たとえば、「ある有名経営者に密着する」という企画を立てたとしよう。1日では語りきれないとなれば、1週間1ヶ月とくっついて行動することになる。

記者の方では1週間1ヶ月、他の仕事はできないし、経営者の方でも「ちょっとそこは」という予定はたくさんある。

取締役会に同席するわけにはいかないし、企業買収に関わる密談などはもちろん公開できない。ランチや宴席も「ごいっしょに」とはならない。

経営者のスケジュール表をつくって、1日1週間1ヶ月の動きを見せるのだが、そういうわけで実際に密着できない(どころか公開もできない)、スカスカのものになってしまう。

したがって、記者の側でも納得できる密着取材というのはほとんど実現する試しはないのだが、今でも忘れられないのは「信用組合営業マンの1日」である。

記事では信用組合・営業マンともに実名で書いたが、ここでは東京下町の某信用組合ということにしておこう。
朝7時に支店に出社し、営業マンの準備を見る。いちいち質問していては邪魔になるので、気になるポイントをメモしておいて移動中や昼食中にまとめて聞く。

8時半に朝礼が始まり、9時前には営業に出かける。営業マンと連れ立って自転車に乗り、「研修中」という名目で取引先を引き回してもらうのだ。

下町の信用組合だから、取引先はほとんど零細商店・工場である。居酒屋に立ち寄り、「(おつり・両替用の)十円玉ある?」と言われれば、かばんからサッと十円玉の「棒金」が出てくる。手数料などは取らない。ついでに、前夜の売り上げも預かってしまう。

ある工場では、「新しい旋盤買いたいんだけど、いくらか貸してくれないかね?」と打診された。金額を訊いて「本部に掛け合います」と請け合う。即断即決である。

「取引先の月々の売り上げ、支払い等は、預金・入金を通じて完全にアタマに入ってますから。このくらいまでは貸しても焦げ付かない、というのは皮膚感覚でわかるんです」

商店・工場の合間には、1人住まいのお年寄り宅にも立ち寄る。年金を直接手渡すためである。もちろん、これも口座開設に伴う「サービス」だ。

お年寄りの宅では、しばしお茶お菓子をご馳走になり、短い間ではあるが世間話をしたりもする。「こちらどなた?」と筆者に水を向けられ、「うちの見習いですわ。これからよろしく」とシャラっとした顔で営業マンが答える。

自転車に乗って移動していると、営業マンの名前を呼ぶ声がする。立ち止まると、おばちゃんが「あそこの家ね、今度郵便貯金が満期になったみたいよ!」。「わかりました! 後でうかがってみます。ありがとう!」 で、1000万円の新規預金獲得と相成る。

こんな調子で、午後5時までかかって15軒回った。営業マンによれば、「いつもはこの倍はいけますね」というから驚いた。記者もたいがいハードワークだが、信用組合もそうとうなものだと感じ入ったものだ。

この信用組合は、下町のごくごく限られた地域でしか営業していない。地域拡大はしないが、エリア内における支店数は何とコンビニより多かった。

ドミナント出店とシラミツブシの営業展開によって、この信用組合はエリア内の法人・個人を問わず95%以上と取引していた。目標は「100%」である。他の金融機関は、メガバンクといえどもこの結界を破ることができない。

信用組合の真骨頂を見た、と思った。

信用組合というものは、「規模」ではなく「地域密着」こそが生命線だということが、密着取材でハッキリスッキリわかったし、読者にもそれと伝えることができたと思う。

こういう密着取材はおいそれとできるものではないし、「タイミング」も重要となる。信用組合の「見習い」っていうのも二十代だから通用したわけで、四十五十面のオッサンではアウトだろう。

だからこそ、やりがいがあるし、楽しくもある。

今、機会があればやってみたいのは、「政治家(国会議員)秘書」の密着取材だ。カネも陳情も絡むので(というか、陣笠代議士なんかは「それだけ」と言ってもいい)、政治家本人は無理だろう。秘書なら匿名で何とかならないか。とは、週刊誌記者の時代からずっと考えていた。

言えないこと、書けないことが多すぎるから、いずれにしても難しいんですけどね。読者の皆さまの中に、どなたか国会議員の秘書はいらっしゃいませんか?(笑)