第70回 新入社員も驚いた建設業界の闇、「そうそう。そうだね」が口癖だった上司の思い出

新入社員としてビジネス週刊誌編集部に配属され、最初に割り振られたのが建設・不動産・住宅業界である。

建設担当ン十年という、上司の副編集長(Tさん、としておこう)が面倒を見てくれることになり、あちこち一緒に引き回してくれることになった。

「ゼネコンって何ですか?」と聞いたら、口をポカンとあけて「おまえ、ほんとに大学出てるのか?」と返された。経済・産業については無知に等しかったから、Tさんもさぞ苦労したことと思う。

それにしても驚いたのは、建設業界の前近代的な体質だった。新入社員でなくてもビックリしたに違いない。

ちょうど、現在の東京都庁(新宿)の新庁舎が着工したころだった。某大手ゼネコンの本社ビルから工事現場が見えた。

「あれ見てくださいよ。JV(ジョイントベンチャー)って看板に、建設会社の名前がずらずら並んでるでしょう? あの中でね、あれとこれとそれは、名前を出しているだけで、工事には関わっていないんですよ」

某大手ゼネコンの副社長が指をさしながら教えてくれた。工事をしないのに受注代金が転がり込んでくるとは、いかなるカラクリか。って内情を事細かに教えてくれたものだ。

記事に書いたら、今ごろここにこうして昔話なんぞしていられなかったかもしれない。駅のホームから転げ落ちたり、カミナリにうたれて死んでいたかもしれない。ってヤバい話を平然と語るのである。誰でも知ってる某大手ゼネコンの副社長が(あえて、繰り返します)。

ついでに言えば、この副社長、「建設業界には”三せる”という言葉がありましてな。飲ませる、抱かせる、それでダメなら(現金を)つかませる。つかませるところまでやれば、たいていのことはなんとかなる」とも仰っていた。

ほええ(笑)

もっとも、そういう裏話をしたところで、Tさんが書くわけがない、というアウンの呼吸というか信頼関係もあったのだろう。いくらなんでも、誰にでもそういう話はしなかったとは思う。

Tさんは、当時で50歳を超えていたはずだ。小柄で、ちょっとタヌキ顔で、いかにも好々爺といった印象で、バリバリ仕事をやるタイプではないのだが、そういうところもかえって建設業界のお偉方から気安く付き合ってもらえる秘訣でもあったのだろう。

ある日のこと、準大手ゼネコンの新社長インタビューに連れていってもらった。Tさんの口癖は、「そうそう。そうだね」である。インタビューの受け答えは、いつだって何だって「そうそう。そうだね」

いかにも建設業界という見てくれの(どんな見てくれかは曰く言い難いが)新社長は、東南アジアにおけるプロジェクト受注競争に関して、よほど腹にすえかねていたのだと見えて、こんな話を切り出した。

「明日が契約書に調印ってタイミングでね、韓国のゼネコンが本国からプロ(の女性)を送り込んでくるんですわ。すると、一夜で契約がひっくり返っちゃう。みんな向こうさんに持っていかれる。いいかげんにしてほしい」

Tさんは「そうそう。そうだね」と相槌をうつ。すると、新社長は「Tさんなんかね、(「プロ」を送り込まれたら)もうイチコロだよ」と混ぜっ返す。「そうそう。そうだね」とTさんが言うもんだから、隣で思わず声を上げそうになった。「あんたのことだよ」(笑)。

半年も経ったころから、「ひとりでいろいろ回ってみれば?」と言われたので、Tさんお得意ど真ん中の建設業界でなく、不動産業界・住宅業界を主として分担することになった。

しかし、ひとりで回るということは、誰に遠慮することもなくサボれるということでもある。新入社員でありながら堂々と遊び回るようになり、結果として一人前になるのがだいぶ遅れた。

Tさんについていれば、かような裏話もいろいろ聞けたはずであり、今になって振り返ると惜しかったなぁと思わないでもない。

最初に担当した業界だったこともあり、後年になっても折々に知り合うゼネコン関係者とはよく酒を呑んだ。

なかでも親しくしていただいたのが、某大手ゼネコンの営業担当役員(Mさん、としておこう)である。

ゼネコンは営業を軽視している、営業部隊があまりにも少ない、技術偏重だという愚痴をよく聞かされた。

「みんな最新の建設工法とか技術的なことをアピールしたがるんだけど、そんなのどこのゼネコンでもできるんだよ。技術で受注できれば苦労はないってえの」。一杯きこしめすと、べらんめえ口調で吹き上がっていた。

当時は、大手ゼネコンの赤字受注が話題というか問題になっていたころである。なかでも、竹中工務店と大林組のダンピング合戦は「竹林戦争」と揶揄されるほど激しいものがあった。

「どうして赤字で工事請けなけりゃならんのですか。そんなに売り上げ(受注)が欲しいもんなんですか」とMさんに訊いてみた。

「あのね、(受注段階では)赤字だと思ってないの。コンクリートとか鉄骨とか、工事の下請け孫請けを叩けばコスト圧縮できると弾いて受注するの。ところが、いざ叩いてみると、誰も言うこと聞いてくれない。そんな値段ならやりませんと言われて、結果として赤字になるの」

こんなことを真顔で言うから、悪いとは思ったけれど笑ってしまった。「(下請けを叩けばコストダウンできる)某企業のようにはいかないんだよ、ゼネコンは」

Tさんなんかは典型的だったが、ゼネコンの人付き合いはGNN(義理・人情・浪花節)に尽きるみたいなところがあって、その昔は記者にとって面白いことづくめであったに違いない。

であるだけに、今どうなっているかが気にかかる。よもや、昔のままであるわけじゃなし、どう変わっているのだろうか。

不動産業界についても面白い話は多々あるのだが、今回はこれまでとしておこう。いずれ他日に記す機会もあるかもしれない。

蛇足を付け加えれば、今や筆者の年齢は往時のTさんを軽く上回っている。それでも、「そうそう。そうだね」という境地にはなかなか到達できない。