第71回 「そんなところでゴルフなんかやってる場合ですか!」、元住友海上社長の訃報で思い出したザ・ラストバンカー西川頭取の激怒

今回もまたまた訃報の話題に始まり、汗顔の至りではあるのだが、ちょうど書こうかなと思っていたネタにつながることでもあり、これもまた便法であると予めお赦しを願いたい。

さる8月7日、元三井住友海上火災保険社長(元住友海上火災保険社長)の植村裕之さんがお亡くなりになった。故人とは特に親しくお付き合いさせていただいたわけではないが、こんな話を聞いたことがある。

ある休日のこと、ゴルフ場でプレーに興じていた植村さんに、旧住友銀行の西川善文頭取から電話が入った。繰り返しになるが、休日のことであり、わざわざゴルフ場にまで連絡を入れるなどは、尋常のことではない。

で、開口一番こう言われたそうな。

「あなた、そんなところでゴルフなんかやってる場合ですか!」

三井海上・日本火災・興亜火災の3社合併が報じられ、泡を喰った西川さんが間髪を入れずに尻をたたきにかかったのだ。

この時すでに、旧住友銀行と旧さくら銀行(三井系)は合併に踏み切ることを発表していた。したがって、「住友海上の合併相手は三井海上以外にない」と西川さんは考えていたに違いない。

ところが、ふたを開けてみれば、住友海上は3社合併の蚊帳の外に置かれてしまい、短気で鳴らす西川さんがキレたのである。

外野の西川さんが慌てているのに、当事者である植村さんがノホホンとしているように見えたことが(実際にはそうでもなかったのだろうけれど)、妙に印象に残っている。

西川さんに詰められた植村さんは、ただちに3社合併への合流を申し込むが、これには旧三和銀行系の日火(日本火災は「ニッカ」と呼ばれていた。ウィスキーとはもちろん関係ない)・興亜が強硬に反対した。

日火と興亜が束になって三井に当たればこそ、対等の交渉力を確保することができる。と、両社の首脳は計算していただろう。

ところが、ここに住友が割り込んでくれば、規模に勝る三井と住友の主導権争いになり、日火・興亜はパワーゲームから弾き飛ばされてしまう。

結局、三井が3社合併の輪から離脱し、住友との対等合併に踏み切ることになった。西川さんが植村さんの尻をたたいたように、旧さくら銀行も三井に圧力をかけたのは当然である。

当時は損保業界も取材していたので、よく覚えているのだが、損保会社は再編に対して総じて否定的だった。どの社長も「再編のメリットなどない」と言い切っていた。

「今のところ再編は考えていない」ではない。「再編のメリットなどない」である。口先では否定しながら、内心では策をめぐらしている。といった感じではなく、本気で否定していたように思う。思うのは、筆者が甘かったということか。

兎にも角にも、3社合併の破談→三井・住友の合併をきっかけにして雪崩を打つように再編が始まったものだから、驚きを通り越して呆れてしまった。

もっとも、「再編のメリットなどない」というのは、まァ本音に近かったのかもしれない。

興亜に就職した大学の同級生がいるので、「なんで興亜だったの?」と訊いてみたことがある。興亜というのは、下から数えたほうが早いくらいの規模でしかなく、知名度もそれほど高くない。

正直言って、学生時代の筆者は知りませんでしたね。「興亜から内定出たよ!」「なにそれ、どこの会社?」みたいなやり取りがあって、「おまえ、そんなことも知らないの?」とたしなめられ、いろいろ教えてもらった。

曰く、「損保は護送船団行政だからさぁ、いちばん体力のない会社に合わせて保険料率とか決まっていくんだよね。だから、つぶれる心配はないし、規模の大小に関わらず給料は同じくらいだし、であれば大手より楽そうじゃん」

なるほど!ザ・ワールド、である。うまいことを考えたものだな、とちょっとだけ感心した。

週刊誌記者になってから久しぶりに再会し、その頃には日火・大東京火災・興亜の3社合併説がしきりに流れていたので、これについても質してみた。

「大東京はないと思うけどなぁ。合併するにしても、安田(火災)と大東京はやめてほしいね。ノルマはキツいし、社風はエグいし」

今、どうなっているかというと、3社合併破談の後に興亜は日火と合併し(日本興亜損保)、2013年にはあれほど嫌っていたはずの損害保険ジャパン(母体は安田火災)と経営統合する羽目になった。

当初の社名は「損害保険ジャパン日本興亜」だったが、2020年からは「損害保険ジャパン」に戻り、興亜の名前も消えてしまう。

「うまいことを考えた」と同級生もほくそ笑んだはずだが、その後の大再編はとんだ誤算だっただろう。規模に劣る興亜が主導権を握れるはずもなく、人事面でかなりの冷飯を食わされたことは想像に難くない。

昔の業界序列で言えば、東京海上がダントツで、安田、三井、住友と続く。1位、2位はそれなりに競争意識もシビアだったが、3位4位ともなるとノンビリしたものだった(実際にはそうでもなかったのだろうけれど)

植村さんより以前の住友海上社長にも取材したことがあるが、「若いころは夕方4時になると仕事がなく、毎日麻雀ばかりしていた」という。いかにも牧歌的である。

そんな損保業界も今では様変わりしているようだ。損保ジャパンとビッグモーター、大手損保による保険料調整(カルテル)などなど、ここに来て構造的な問題が表面化している。

というのが、そもそも書きたかったネタなのであるが、もはや紙数が尽きたようだ。次回は損保再編の歴史と、最近の諸問題について、もう少し深く考察してみたい。