第83回 先輩記者のネットワークを奪い取るために知恵を絞った、「信託銀行」キーパーソン絨毯爆撃の思い出
人脈づくりで苦労した記憶はないが、ただの1度だけ知恵を絞ったことがある。
1997年のことだ。銀行担当になるやいなや、三洋証券が潰れ北海道拓殖銀行が倒れ山一証券が力尽きた。不良債権の重みに耐えかねて、大手銀行は一斉に再編へと突入しようとしていた、そんな時代である。
筆者が所属していた週刊誌編集部も、銀行担当に3人の記者を張った。普通は1業種1人なので、3人はべら棒に多い。それだけ、金融問題を重要視していたわけだ。
そもそも2人だった銀行担当に、新たに筆者が加わったのだが、先輩記者は編集部の中でもエース中のエースであり、後には2人とも編集長になった。
そうなるとね、キーパーソンは、みんなこの2人に押さえられてしまっているんだな、これが。旧行名で言えば、興銀、東京三菱、第一勧業、富士、住友、さくら、三和あたりの有力情報源は、この2人が暗黙の了解で分け合っていた。
ということを承知で無茶振りをすると、3人のチームワークにヒビが入るし、そも無茶振りをしたところで、キーパーソンを奪い取ることができるものでもない。
どうしたものかと考えたところ、これならいけるんじゃないかと手をつけたのが、「信託銀行」の絨毯爆撃である。
信託銀行も「大手銀行」ではあるのだが、都市銀行に比べれば規模ははるかに小さく、それほど目立つ存在ではない。事実、2人の先輩記者も信託銀行はほぼノーマークで、掘れば掘るほど面白いように人脈が広がった。
重点目標は、三菱信託、三井信託、住友信託である。というのも、これら財閥系の信託銀行については、同じ財閥系の都銀(三菱信託なら東京三菱、三井信託ならさくら、住友信託なら住友)が常に再編を意識して関係強化に努めており、つまり信託のキーパーソンをつかまえれば、都銀のキーパーソンにつながる構図があったからだ。
時間はかかったけれど、信託のキーパーソンと呑むようになり、先輩記者が押さえていた都銀のキーパーソンを誘ってもらって3人で呑み、その後は狙った通りに都銀のキーパーソンとサシで呑み。という関係になった。
先輩記者は知っていたのか知らなかったのか、何も言わなかった。何か言いたくても言えるようなものでもなかったろう。
こういう「変化球」は、いろいろバリエーションがあって、たとえば住友系の金融機関(住友銀行、住友信託銀行、住友生命保険、住友海上火災保険)は、4社の企画担当役員が定期的に懇親会を開いていた。
ここに当時出席していたのが、住友銀行の足助明郎さんと奥正之さん(後の頭取)である。
足助さんと、こちら銀行担当3人で会食した折のこと。足助さん(狂がつくワイン好きである)は、空になったワインボトルに、抜いたコルクを無理やり押し込んで、隣の部屋に30秒ほど隠れ、再び瓶からコルクを取り出して颯爽と現われるマジックを披露してくれたことがある。
ここだと思った。「それ、この場でタネを解いたら、僕とがっちり付き合ってくれますか?」と訊いたら、「おお、いいよ。わからんと思うけどな」
わかるのである。なぜなら、足助さんが4社会で同じマジックをやったことを、その場にいた住友信託の役員から聞いていたからだ。確か、そのときは足助さんが自らタネをバラしたので、彼に聞けばわかるはず。
ということで、同じく会食中だった彼に電話をかけ、タネを聞き出して足助さんに言ったところ、「(タネをバラした)裏切り者がいるな」と苦笑を浮かべた。どうやら、こちらの情報源が4社会の誰かだと思い当たったらしい。
足助さんは2011年に物故されたが、ずいぶん長いことかわいがってくれた。ゴールドマン・サックス会長に転じてからも、「たまには昼めし食おうか?」とお誘いをいただいた。
場所は、六本木ヒルズの竹やぶに決まっていて、昼からワインを呑んだ。蕎麦屋で赤ワイン。趣味が悪いにも程があるが、そのうち秘書に電話をかける。「午後の予定、みんなキャンセルしておいて」(笑)
足助さんは痩身で、眼光鋭くカギ鼻、日本人離れした風貌をしており、ちょっと近寄りがたい雰囲気を身にまとっていた。
しかし、その実はとてもチャーミングな御仁で、あんな話もこんな話もあるのだが、本題は足助さんではないので、残念ながら割愛せざるを得ない。
住友系4社の懇親会は、赤坂の、とある料理屋で開かれていた。おばはんが普通のマンションで1日1組だけ客を取って、手料理を振る舞う、そんな店だ。そんな店でも、あれで1人5~6万円は勘定を取っていただろう。筆者も個人的に何度も使ったことがある。
そこのおばはんは、後に頭取になる奥正之のことを「正之さん」もしくは「正之」と呼んでいた。「特別な関係」でもあるのかと思いきや、足助さんと話すときにややこしいのだという。
「足助さん、今度は、”奥さん”も連れてきてね」
なるほど、これではどちらのことやら分からない。人脈づくりには、こうした得体の知れない料理屋(他にもいくつかある)が大いに役立ったのだが、それはまた別の機会に改めるとしよう。面白いんだ、これがまた。
追記:
10月8日(火)13:30~帝国ホテルで田辺和夫・元三井住友トラスト・ホールディングス社長のお別れの会が開かれる。冠婚葬祭の「葬」にはいっさい出席しない主義だが、田辺さんとは最後のお別れをしておきたいと思う。今回のコラムは、人脈づくりのうえでも本当にお世話になった田辺さんを特に念頭に置いて認めたものである。
追記2:
六本木ヒルズの竹やぶは、調べてみたら足助さんが物故した2011年に店を閉めたようだ。足助さんが行かなくなったからじゃないかと、ふと思った(笑)。それくらい竹やぶをよく使っていた。ただし、繰り返しになるが、蕎麦に赤ワインだけは勘弁してほしいといつも思っていて、どうしても気分が乗らないときは、こっちはこっちで勝手に日本酒をやっていた。