第100回 ホテルグランドパレスで見かけた谷村新司、幻に終わった三井不動産「丸ビル構想」

あけましておめでとうございます。

という書き出しで始まる長文の手紙をしたためながら、YouTubeを流しっぱなしにしていたら、いつの間にやら谷村新司が「群青」を歌っていた。

書くことに集中しているうちに、BGMが耳に入らなくなってしまうのは毎度のことだが、最初は落語を聞いていたはずなのである。どういうアルゴリズムで、切り替わってしまったのだろうか。

谷村新司には、ちょっとした思い出がある。

1990年代後半から2000年代初頭にかけて、よく飯田橋のホテルグランドパレスに出入りしていた。取材先の大手銀行のおえらいさんから、「密会」にあたって必ずこのホテルを指定されていたためである。

大手銀行の本店は概ね丸の内・大手町あたりに集中しているので、お堀端のパレスホテル(名前でお分かりのように、グランドパレスとは同系列である)のほうが、グランドパレスよりはるかに近い。使い勝手もいいはずだ。

だが、使い勝手がいいということは、それだけ顔を見られる可能性が高くなるということでもある。事実、建て替え前のパレスホテル地下にあった「和田倉」はよく会食に使わせてもらっていたが、しょっちゅう知り合いに出くわした。

個室を予約していたので、お相手より先に入って後から出る。そのくらい用心しないと、危なっかしくてやってられない。

このおえらいさんは、とりわけ念が入っていて、筆者と会うときは、そもそもパレスホテルを避けていた。

「地雷は踏みたくないんだよ。歩いてパレスに行くのも、クルマでグランドパレスに行くのも、大して時間は変わらないしね」。「運転手付きの専用車」ならば、確かに「大して時間は変わらない」のだろう。

グランドパレスでは、23階のクラウンラウンジで落ち合うのが常だったが、なるほど銀行界の知り合いに会うことはなかった。

しかしながら、谷村新司は何度か見かけている。

決まって、ひとりっきりで窓際のテーブルに座り、1時間も2時間も身じろぎもせず景色を眺めていた。

何かを凝っと見ているようにも、何も見ていないようにも、思えた。

「いつも、ああなんだよ。ひとりでやって来て、何をするでもなく外を見ている」と、おえらいさんは言い、ふたりで黙って様子を観察することもあった。

そんなグランドパレスも、コロナの余波を喰らって2021年に閉業してしまう。「谷村さんは、どこであの時間を過ごすんだろうね」と、おえらいさんは心配(?)していたが、程なくして2023年には「谷村さん」も泉下の人となった。

パレスホテルの方は、2012年に建て替わり、現在に至る。「和田倉」は今もあるけれど、お値段は2~3倍にはね上がってしまい、おいそれと行ける店ではなくなってしまった。

建て替えについては、面白いエピソードがある。

パレスホテル、日本生命丸の内ガーデンタワー(旧・AIU東京ビル)、三井住友銀行本店(旧・日本鋼管本社ビル)の位置関係を、ちょっとGoogleマップで確かめてほしい。

3つまとめると、ほぼ長方形の広大な土地となり、丸ビル・新丸ビル級の高層ビルが建てられる。

ここに、目をつけたのが三井不動産で、丸ビル・新丸ビル(ともに三菱地所の旗艦ビル)の目と鼻の先で再開発に乗り出す青写真があったのだという。

ご存じの通り、東京駅から八重洲側は三井不動産の縄張りだが、丸の内側は三菱地所が圧倒している。「三菱村」の中で丸ビル・新丸ビルに伍するビルを建てたとなれば、三井不動産にとってこんなに痛快なことはない。

とどのつまり話はまとまらず、「三井の丸ビル計画」も幻となってしまったわけだが、実現していれば東京のスカイラインも三菱・三井のライバル関係も大きく変わっていただろう。

閑話休題。

「グランドパレス」と「三井住友銀行」の名前が出たところで、「旧さくら銀行本店」を思い出した。

旧さくら銀行は、三井銀行と太陽神戸銀行の合併行で(合併当初は「太陽神戸三井銀行」という名前だった)、本店は九段下近くにあった。付け加えれば、このさくら銀行と住友銀行が合併して、三井住友銀行が誕生する。

さくら銀行本店は、旧太陽神戸銀行東京本部である。グランドパレスからは徒歩10分もかからなかったが、そういえばクラウンラウンジでさくら銀行の関係者に出くわしたことはない。ご近所だったのにね。

入口側に面している壁が中央部に向かってくぼんでいる独特のフォルムのビルは今も残っている。このビルは、今どうなってるんだろうな。と調べてみた。

すると、「あおぞら銀行」(旧・日本債券信用銀行)、「日本電子計算」「日本証券金融」「NTTデータ」「東京堂」といったキーワードが次々に出てきて、調べれば調べるほど興味深い話を知ることができた。

谷村新司から始まった話が、まさかに東京堂に行き着こうとは思わなかったが、この脈絡のなさもまたいかにも本コラムに似つかわしいようにも思う。今年もよろしくお付き合いのほど、なにとぞよろしくお願い申し上げます。