甘いハイトーンヴォイス。シティポップスと歌謡曲のハイブリッド。マイナー調のメロディーとAORテイストのサウンドプロダクション。ここにも日本独自の音楽の完成形があったのです。

過度な抽象性を持つロックも、過度な具体性を持つソウルも、日本人の胃袋には重たい。演歌のドメスティック感性との差別化を図りたい若者にとって、「ポップス」が一番しっくり来たのでしょう。はっぴぃえんどの系譜から登場した松任谷由実や山下達郎は、高度な音楽性を駆使して日本人の耳を啓蒙してきました。

そんななかに現れた稲垣潤一は、自分で曲を作らない、珍しい存在でした。沢田研二や西城秀樹も優れた自作曲を多く作曲しているほど、皆が自身の音楽性の希求にのめり込んでいた時代なのに。おそらく稲垣は音楽で自我を表現するタイプではなく、したたかにマーケティング施策を策定するバランサーだったのでしょうか。

「蒼い追憶」では、音楽評論家の湯川れい子と一風堂の見岳章を起用。湯川の語彙は、60年代~70年代の歌謡曲の意匠を踏襲しながらも、巧みに80年代のフワフワした若者の恋情を捉え、時代の空気を創出しています。見岳はおそらく英国ロックを軸に置いている筈だととらえてみれば、キャッチ―に湿ったメロディーは、ロキシーミュージックを参照できるでしょう。

感性鋭い作家にクリエイティビティをアウトソースし、あくまで自身の声が映える作風を慎重に選択する稲垣。なかなかのやり手ビジネスマンかもしれません。

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