第69回 中年探偵の冒険

日本中がサッカーワールドカップで盛り上がっている6月下旬、私は5泊7日の日程で数年ぶりに太平洋を渡った。

目的はもちろん仕事だが、きわめて機密レベルの高い仕事なので、表面上はいかにも観光です、という感じの遊び人風の中年を装う必要があった。

ユニクロのポロシャツにハーフパンツ姿で、缶ビール片手に柿の種をつまんでいるところを見れば、誰も俊敏な探偵が仕事に出かけるところとは思わないに違いない。

せいぜい、だらしのない中年の海外旅行にしか見えないはずだ。(実際そうとしか見えない。仕事のことも忘れかけてるし)

さて、どんな仕事なのか?

その内容を書くことはできないが、途中で3つのチェックポイントがあるので、そのときになったら、お知らせする予定だ。

前置きはここまで。

早速、私は機上の人となった。数年ぶりのアメリカへの渡米なので、いろいろ動揺は隠せない。離陸前からシートを倒してみたり、切り忘れた携帯電話がここぞとばかりに鳴り出して、ベテランのCAから注意を受けてしまった。。。CAの口元は微笑んでいたが目は笑っていなかった。。。

それにしても、この機のCAの制服は、ちょっと前にニュースで話題になっていた制服とは違うようだ。すべてのCAがあの制服を着るわけではないようだ。。。なにしろ数年ぶりの海外なので、勝手がわからない。。。

そして離陸。

日本を離れる感傷にひたることもなく、早速、機内の映画をチェックだ。
ハリウッド版「ゴジラ」があればラッキーなのだが、いくら探してみても見つからない。。。しょうがないので、「アナと雪の女王」を観ることにした。

しばらく経つと早くも食事の時間だ。「アナと雪の女王」から目を放さないまま、チキンじゃなくてビーフを選択して、飲み物はビールと赤ワインを頼んだ。

食事の間も映画を見続け、ついついビールを追加してしまう。ビールを持ってきてくれたベテランCAに気づかずに「レリゴー♪レリゴー♪」と口ずさんでいた私は思わず赤面する。ベテランCAの口元は微笑んでいたが目は笑っていなかった。。。

食事が終わって、「食後の飲み物はいかがですか?」というCAに、またもビールを頼む私。なんか呆れられているようにも見えるけど、ビールはまだ5本目だ。

「アナと雪の女王」の「さすがディズニー!」という展開に満足したので、次に「グランド・ブダペスト・ホテル」を観る。究極の立地に、豪華なホテル。これは映画館で観た方がいい映画かも、と思いつつ、ビールを片手に鑑賞。
ところで、ブダペストって、どこだっけ?ハンガリー?チェコ?ボヘミア?ここで無意識のうちに「ボヘミア~ン♪」と葛城ユキの歌を口ずさんでしまった。

しかもこのタイミングですぐ近くにいたベテランCAと目が合う。なぜか非難の目だ。なぜだ?

エコノミー席でビールを呑みまくって、映画を見ながら歌を口ずさむのは許されないのか?

「ボヘミアン」の作詞者が、話題の「あの人」なのがいけないのか?
いや、むしろこの機内のCAから私が「あの人」と呼ばれているに違いない。。。
なんだか恥ずかしいので、この一件を「ボヘミアンの醜聞」と名付けて、以後の戒めとすることにする。

そんな機内の楽しい(?)ひとときはあっという間に過ぎて、サンディエゴ空港に到着。(そう、私はサンディエゴに来たのだ)

この季節のカリフォルニアの空はどこまでも青いのだった。(この季節以外も青いのかもしれないが)

入管で排除される日本人数名を横目に、機内持ち込みの手荷物一つだけの身軽な私は早々にアメリカに入国した。

すでに現地に到着しているエージェントMとWが迎えに来ていた。

「山」というMに対して、
「川」と答えた私は、彼らと握手をして、彼らが用意したレンタカーに乗り込んだ。

レンタカーの車種は韓国製のKIAだった。アメリカで韓国車に乗る日本人3人。
一瞬、「グローバリズム」という言葉が頭をよぎるが、実際はレンタカー屋のお兄さんが日本人と韓国人の区別がつかなかっただけだろう、という考えに落ち着く。

KIAの向かう先は、サンディエゴの港だ。
そこには航空母艦ミッドウェイが停泊している。
長年、横須賀を母港としていたミッドウェイはすでに現役を引退して、ミッドウェイ博物館となっていた。

実際の空母全体が博物館で、その中をすべて見ることができるのだ。ただし、入場料20ドルを支払う必要があるが。

というわけで、入場料を払って、日本語で解説してくれるヘッドセットを受け取って、ミッドウェイに乗り込んだ。

戦闘機を数十機も格納できるスペースを持っているからでかい、広い。録音された解説を聞きながら、格納施設から指令室、作戦参謀室などを見てまわる。

ベトナム戦争や湾岸戦争で活躍した空母だけに、作戦参謀室にあるすべての地図や資料が本物だ。

そんな本物に感動しながら、空母の奥へ進んで行くと、兵員たちの居住空間がある。

上下関係がはっきりしている軍隊だけに居住空間もその階級分けがはっきりしている。艦長や参謀がホテルのスイートルームなみの個室なのに対して、一般兵士は8畳間くらいのスペースに33人が相部屋だ。

3段ベッドがパズルのように組み合わせられて、狭い空間に魔法のように多数の兵士が寝るスペースが作られている。

そして、居住空間を進んで行くと、食堂と調理場が次々出てくる。一般兵士用食堂、士官用食堂、参謀用食堂・・・もっと細かい分類があるようだが、とにかく食堂と調理場だらけだ。

「上は戦闘機、下は食堂、なあに?」というなぞなそができそうだ。
4000人もの兵士たちが24時間勤務する空間だから、食べるための施設が非常に重要だ。

「腹が減っては戦(いくさ)はできぬ」なのだ。
「武士は食わねど高楊枝」「ほしがりません、勝つまでは」なんて言ってる国が、この国に勝てるわけがないのだ。

なんてことを書くと勘違いされそうなので、これ以上書かないが、実は食堂に探し物があるのだった。

食堂は、アラカルト方式で選べるのかいろいろな料理が並んでいる。ソーセージ、ハム、スクランブルエッグ、パン、パスタ等々、どこの食堂もこれをベースにほかにもいくつもの料理が並んでいる。(これらは蝋細工の食品見本)これらの他に貯蔵用の食品があるはずなのだ。
さて、どこに隠されているのか?

それを探すために、艦内ツアーのルートをはずれて、ひとり奥へと進む。艦内は浸水防止策のためか、細かく部屋が分かれていて、扉が無数に存在する。
ルートを外れて奥に進んで行くと、もう自分がどこにいるのかわからなくなる。

来た道を戻ればいいのだと思って、振り返ると扉が二つ。自分はどちらから入ってきたのか?

試しに右側の扉を開けて、のぞいてみると、その向こうに扉が三つ。あれ?
仕方がないので、後ろは振り返らずに前に進むが、扉を開けるたびに薄暗く、狭くなっていく気がする。
十数個の扉を開けて進んできたこの部屋はもう行き止まりだった。。。しょうがないので、戻ることにするが、もはや正確な戻り路がわからない。
適当に扉を選んでいくが、もう戻れそうもない。

サンディエゴに着いて早々に、ミッドウェイ博物館の中で迷子になろうとは。。
艦全体が密室で、なおかつ、その中の小部屋で身動きが取れない。。。

ふと、その部屋の中の戸棚を見ると、なにやら缶詰が並んでいる。
その缶詰のラベルには「The Liver of Tuna Fish」という表記。
「まぐろの肝(きも)!?」

そういえば、鍵のかかった寝室で「まだらのひも・・・」とつぶやいて絶命する女性が出てくる推理小説があったのを思い出した。

けれど、そんなことより、私は現状打破を考えねば。。
せっかくアメリカまで来たのに、こんなところで引っかかったうえに、話になんの盛り上がりもない。

困ったものだ、どうしようか?などと考えていてもしょうがないので、次回に続く。

注:99.9%以上、ホントの話ですが、ごく一部、ウソや誇大な表現が混じっています。

※今年はシャーロック・ホームズ生誕160年です(この文章には関係ありませんが、一応書いておきます)。

201407f

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