第105回 探偵は立呑にいる

6月10日の夕刻、知人との会合(呑み)前に少し時間があったので、偶然見つけた立ち呑み屋に入った。

5,6人が呑めるカウンターと2、3人で囲む丸テーブルだけのこぢんまりとしたお店で、一瞬気後れしたが入店し、とりあえず生ビールを頼んだ。
すでに常連らしき大きな男性の客人がビールの大瓶をラッパ飲みしている。
え!ラッパ飲み?(この段階で少しビビる)
カウンターの向こうには若いけれど(30代前半?)店主らしき女将ともっと若い学生(もしかしてOL)らしきバイト女性がいて、狭い厨房(?)でアルコールを用意したり、常連さんと話したりしている。
3坪ほどの狭い空間に男女4人、うち3人は顔見知り。
アウェイ感は半端ない。コパ・アメリカに招待された日本代表以上のアウェイ感だ。
生ビールを1杯飲んだら、すぐに河岸を変えたほうが良さそうだ。

しかし、目の前でサーバから生ビールを注ぐ女将の手際がいい。
シュッとしたグラスに琥珀色の液体と泡がバランスよく注がれる。
一旦そのビールを落ち着かせると、レンゲに似た特殊な器具でビールの泡を2~3度掻き出した。
それからさらにビールを注ぎ、わずかに溢れさせた。
ほうっと見とれていると、一瞬キラリとビールの上で何かが閃いた。刀???
そして何事もなかったようにグラスの周りのビールを拭いて、目の前に生ビールが置かれた。
真っ白な泡には気泡が見えない。完璧なビールだ。
う、うまい!
隣のラッパ飲み大男のことはすっかり忘れて、一気にビールを飲み干す。
迷わず生ビールをおかわりする。

2杯目も一気に半分まで飲んだところで、女将からハガキ大の用紙を手渡された。
そこには女将個人の電話番号が書かれていた、なーんてことはなくて、用紙を横向きに、縦長の長方形のマスが5列あって、うち4列は三等分されていて、各マスの中にこの立ち呑み屋のグループ店の名前が記載されていた。
厳密にはグループ店10店舗と賛助店3店舗。
つまり、それはスタンプラリーの用紙だった。

ルールはグループ店で飲み物2杯以上呑むとスタンプがもらえる。
10店舗すべてのスタンプを集めると豪華景品がもらえる。
10店舗行けなくても、スタンプがすべて押された列が2列以上で副賞がもらえる。
(1列3店舗のものが3列と1列1店舗のものが1列という配置。1列1店舗はサービス列なのかな)
賛助店3店舗で1列あるけれど、スタンプラリーの対象外とのこと。
(その店舗に行って店長に掛け合えば何かもらえるかもよ、とのことだが単なる強請りだと思う)

非常に好奇心をそそられたが、残念なことに期限は6月23日。
あと2週間もない。まっとうな社会人にはコンプリートはムリだ。
でも、2列なら行けるかも。サービス列1列とこのお店を含む1列をクリアすればいいのだ。
2週間で3軒。なんだか行けそうな気がするー。

と思った日から、あっという間に1週間が過ぎた。。。

尊敬する酒豪のAさん(イニシャルじゃないですよ。一般的な仮称です)が東京からやって来たので、まっとうな社会人がまだ仕事をしている時間かもしれないという時間からグラスを交わし出した。
そろそろ17時だから(!?)、次のお店に行こうという話になった時、思い出してしまったのです。
スタンプラリーの用紙のことを。

スラリと背が高く、どことなく男前で、統率力があって面白好きで、もの凄い酒豪のAさんにだけは絶対に話してはいけないと心に決めていたのに、その禁断のスタンプラリーのことを思い出してしまったのです。

思い出した以上は素直に白状(?)したのです。
「すみません、すみません。こんなトンデモない企画があるんですよ。
呑んでスタンプを集めると何かもらえるらしいですぜ。でへへ。
とりあえず3店舗で副賞もらえちゃうよ。よっ、社長!」
(卑屈なのか、無礼なのか、はたまた小心者のキャバレーの呼び込みなのか)

「馬鹿もん!こんな企画があるなら早く言わんかい!!全部回るに決まってるバイ!!!」
とAさんが博多弁(?)で言うなんてことは、もちろんなくて、これは妄想。

実際のAさんはニコニコ笑いながら「じゃあ全部行きますか。まずはここから一番遠い店舗から攻めましょう」と冷静に言ったのでした。
さすがマイケル・ポーターも恐れた戦略家である。掌を指すように相手の急所を示すのであった。
そして「タクシーとUber、どちらにしますか?」と尋ねようとした私の機先を制するかのように、「歩いて行きましょう。馬は一日千里奔ると言いますからね」と言った(か、どうか)。

繁華街の西の外れのお店に着いた。この1店舗で1列クリアのボーナス店だ。
瀟洒なつくりで白木のテーブルが3つ。カウンターの奥にはマスターらしき人物が。
店の中心には日本中から集められた初めて目にする日本酒がガラス扉の冷蔵庫の中からこちらに秋波を送ってくる。
日本酒2杯と肴のセットメニューを頼んだものの、どの日本酒を選べばいいのか大いに悩んでいると、Aさんはニコニコ笑いながら、「辛口と甘口、芳醇と淡麗、アルコール度数の高いものと低いもの、純米と麦と芋など、対立する特徴の中で支配関係と利得関係を見極めてナッシュ均衡を見つければいいんですよ」と解説してくれた。
さすが人生というゲームを制覇したAさんである。
何のことやらさっぱりだが、ゲーム理論は日本酒にも通用するらしい。

次は地下鉄で南の外れのお店に行こう。
そこは雑居ビルの1階の狭い空間に、コの字型にカウンターが配置された立ち呑み店だ。
ビールとハイボール2杯でクリア。

また地下鉄で移動だ。
カウンターの向こうにおでんの湯気。
大根と糸こんにゃくと酒と涙と男と男だ。

またまた地下鉄に乗った。
餃子専門立ち呑み店だ。いや、椅子があるから座っていいのか?
凍ったレモンが氷の代わりに入ったサワーを呑んだら、凍ったレモンだけ残るので、焼酎を足してもらう。
今度はレモンが溶けてなくなるので、レモンを入れたつもりで餃子を入れてしまう。。。

景色が歪んで、昔見た空想特撮テレビドラマ「ウルトラQ」の空飛ぶ電車のようなのに乗っている。
そして、気がつくと、目の前には一人焼肉用のコンロがある。
たぶんここは焼肉立ち呑み店だな。
ビール片手にタンを焼いてみる。

あれ、Aさんは?

Aさんが寺社で御朱印をいただくのと一緒でありがたいって言うから始めたけど、なんだか閻魔様のいるとこ巡りみたいな。。。

教訓:全国の呑み屋さんでスタンプラリーが実施されているけど、ラリーに勝つにはやっぱりパジェロ(なんのこっちゃ)

※おことわり
6月は諸般の事情により探偵活動ができませんでした。本稿はすべて個人の想像によるフィクションです。
実在の人物や店舗や固有名詞に似た記述があったとしても、たぶん偶然です。